ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

好きな「鍋料理」なに?

2017.11.12 Sunday 22:36
0

    好きな「鍋料理」なに?
     

    日記のネタにするものがない。

    以前にも書いたけど、会社に行っては「ルーチン」をこなし、帰ってくるというだけの生活で、これはこれで悪いとは思っていないし、そもそも今の会社のために「何か」をするというつもりも毛頭ない。だからその対価としての「単調さ」についてとやかく言うこともないわけだが、なんか時折、この糞ブログを訪れる人が一日に数万になるということもあり(一方で、一日44人しかこなかったという記録もあったりするわけだがw)、「なんか悪いなあ…」というのがあってな…。

    ある漫画家の変節っぷりに絡めて、戦後日本を騒がした「熊沢天皇」についてのことを書こうと思ったが、死体に蹴りを入れるような感じの内容になったので、公開を延期。いや、実は実際に見せている日記と同じくらいの量の下書きがあるんだけど、内容がねえ…色んな意味でねえ…ええ、コナミさんのことも書いてますよ?w

     

    困った時のジュゲムネタ…

    えっと、好きな「鍋料理」…

    この場合、我輩が毎月週末2回に作ってる「八丁味噌酒鍋」でもいいのかな?

     

     

     /醒からお神酒を下す(お取替えする時期)。

     

    ◆…譴凌爾ぅ侫薀ぅ僖鵑砲神酒を注ぐ。

     

     更にフライパンの半分になるくらいに、日本酒(純米酒限定)を注ぐ。足りない場合は、焼酎や古くなったワインでもOK。

     

    ぁ〆布、あるいは鰹節をワンサカ入れる。面倒な場合は、出汁の素とかでもよい。

     

    ァ“丁味噌を真ん中にドバっと入れる。

     

    Α‘を八丁味噌中心に敷く。鶏ささ身が一番良いが、安ければ細切れ豚肉なども。逆に牛肉はおすすめできない。

     

    А.ノコ類を上から敷く。マイタケ、ブナシメジ、エリンギがおすすめだが、何でもウェルカム。

     

    ⓼ 葉っぱ類の野菜を上から被せる。彩に人参とかも。面倒な場合は、キムチを放り込むのもあるが、あまりお勧めできない。

     

     味にアクセントを加えたい場合、ニンニク、胡椒、唐辛子を入れるのも良い。ショウガもお勧め(生でなくても良い、岩下の漬けたが賞味期限切れのものを汁ごと入れるのも良い)。

     

     蓋として、10分強火、10分中火。素材全体に火が通ったら出来上がり。

     

     玄米、あるいは麦ごはんと一緒に食する。おじやは白米ではなく、やはり玄米か麦ごはんで。

     

     

     

    料理じゃねーな、これw

     

     

    一人暮らしを始めた際に風邪をひいた時にはじめた鍋レシピ。

    ケンタッキー・フライド・チキンのバレル3個を買う気力もない時に、冷蔵庫の中にあった色んなものを日本酒でグラグラ煮立てて作ったのがオリジナルだったかな。

    変な言い方をすれば、鍋版「たまご酒」のようなものかもしれない…風邪薬と一緒に食べてはいけない料理であるのは確かで、自己免疫力を高めて治すというものだ。

    だから、風邪をひいていなくても、「なんか調子が悪いな…」という時とか、定期的に食べることで身体が暖かくなり、体力をつけるという意味合いがあったりする。

    注意点として…

    醸造アルコール入りの日本酒を入れると、妙な薬臭さがでるから使わないこと。お神酒のおさがりをいただくというのも、験担ぎの一つかな?

    良い牛肉があれば、我輩は躊躇することなくすき焼きにする。安い牛肉をこの鍋に放り込むと、獣臭くなってしまう。牛肉は本当に扱いにくい素材だ。

    ちなみに魚類で試したことがない。北海道にありそうなレシピではあるが。

    野菜は実は何でもOK。香草類でも八丁味噌の香りには打ち勝てない。

    汁はしっかりと最後まで。おじやも良いし、味噌汁感覚で飲むのも良いが、アルコール度数が強いから食後決して運転しないように。

     

     

     

    まあ、他に常夜鍋が好きなんだけど、ホウレンソウの価格がねえ…。

    - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

    人事部で思ってることをずらずらと…

    2017.11.05 Sunday 20:45
    0

      ゲーム業界から去って今の会社に入り、カタギになって早や5年となった。

      人事部において「仕事」は存在しない。いや、人事部に限らないな…一般企業のほとんどは「仕事」ではなく、「ルーチン」である。乱暴な言い方だと思われるかもしれないが、創造するところはなく、あるのは日々の繰り返しが、間違いなく行われることを求められているということだ。

      何もないところから悩み苦しんでなんとか「1」を作るのが、我輩にとっては唯一の「仕事」だ。

      とてもではないが、今の日常は「仕事」とは言えない。

       

      大変退屈ではあるが、さりとてこれを憎んだり、軽蔑したりしているということは一切ない。

      我輩自身も随分と卑屈になったものだが、とりあえず言われたことを、そのまま自分が予め用意した入れ物に入れておいて、シャカシャカ振るだけで完成し、それを次に渡すだけで、今までに得られたことのないくらいの給与を得られる。

      好きな時に有休を取ることもできる。

      年俸制の給与体系であるため、残業代は出ないが、残業をしなければならないという臭い空気は一切ない…我輩は今まで一度も、午後6時まで会社に居たことがない。

      VBAとかエクセル関数とかを組み立てて、キーボードの上で指を動かす回数を如何にして少なくするかだけど考え、間違いのないように「ルーチン」化するだけで、あとはゆっくりとコーヒーを飲む日々を過ごしている。

       

      こういう感じだから、どうも会社の中にいる、古臭い体育会系の連中に、思いっきり嫌われているところがある。

      定時に帰ることは許されない。

      エクセルでなんかやってるが、電卓で確認しないとダメだ!いつかあのエクセルシートは故障するに違いない!

      ダラダラと無駄話ばかりをして、さも自分が小山の大将のババアなんざあ、笑えるもんな…自分に媚びないと、何もできなくさせてやる!…って、アンタのやってるのは、給与金額を右から左に移すだけじゃないか。それらも抱えてるから、バカを見るんだよ。

      まだまだいるなあ…「俺様がいないと、会社は動かない」…会社は理論上、半永久的に存続できるかもしれないが、おまえらはあと何年、生きられるんだよ…。

       

      つまり、悪い意味で、「古い会社」ってなことだ。

      いくらでも自動化できるのに、自動化されることで自分の「存在意義」が失われることに恐怖する人たち。

      マニュアル化、業務の標準化が行われることへの恐怖。

      (新しくもなんともないが)ちょっとしたスキルに対する恐怖。

      ちょっとした疑問について、ネットで調べられない恐怖(これが結構あるから笑える…てか、こういう人間たちにとって、まず自分より立場の弱い人間に訊いて、知った後でその教えた人を見下し、その後周囲にその情報をさも自分のものであるかのように吹聴するという)。

       

      今の会社を良くするという気持ちはさらさらない。

      毎月給与が振り込まれ、健康保険のサポートがあるだけで良い。

      良くしようとしたところで、こういうのが跋扈していれば、檻の中のゴリラのように奇声を張り上げてくるのが分かり切ってる。

       

       

       

      ただ、もし可能であれば…彼らの仕事を根こそぎ奪うシステムを構築するというものだ。

       

       

       

      会社の仕事の半数は、マニュアル化による平準化、そしてAIだけで人間が不要になる。

      音声認識が正確に行われるのであれば、もっと減らすことができる。

      徹底的にサボタージュされるだろうが、彼らの仕事のパターンは、いくらでも盗み出し、蓄積し、標準化することができる。

      電話での無駄話も、業務の範囲と私語の範囲の割合を自動算出することだってできる。

      原材料、在庫、技術、生産、在庫…なんだって情報を一人の社員が独占しているんだ…根こそぎ奪い、一つのシステムの中に組み込み、全社員がその情報を効率よく使れば良いだけだ。「俺様がいなければ」という「小山の大将」を絶滅することが、会社を延命させる方法だ。

       

      ニュースを見てると、かつての大企業が簡単に倒産し、身売りされたり、中小企業が人材不足からどんどん閉鎖に追い込まれているというのがある。

      人材を大切にしないというのは、「小山の大将」を甘やかす昔気質の人事の考えをそのまま放ったらかしにしてきたのと同義だ。

      「小山の大将」はブラック社員と同義であり、そういうのが多い会社はブラック企業となり、倒産しても同情されることはない。

      人材個々が有する情報やスキルを、共有化平準化し、会社そのものの「財」にすることで、仮に個人がいなくなっても、「財」は残り続ける。

       

       

       

      ま、どうでもいっか。とりあえず、我輩が定年を迎えるまで、潰れなければ良い。

      - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

      ちょっとの治療

      2017.10.29 Sunday 16:16
      0

        JUGEMテーマ:健康

         

        歯根嚢胞が悪化して、奥歯を抜歯したという日記を先々週書いた。

        ちょっとネットを覗くと、なんとまあ我輩に限らず、かなり多くの人がこれを患い、治療を続けたが治らず抜歯に至ったというのがあり、社会的に根深い病気なんだな…と改めて思った。

        意外と我輩よりも若い人、そして女性にも多いのが驚きだった。

        虫歯がないというのが自慢ではあったが、そういう人ほどなりやすい、まあ歯周病の一種だからそうだともいえるが、「慢心しました」という言葉しか出てこないわな。

         

        水天宮のオフィスまで一時異動した際に、痛みが発症した。

        歯が浮き上がり、噛むと歯茎の中から激痛がでるという感じであった。

        会社近くの歯医者まで診てもらったが、歯の表面だけを削って、そのまま帰された…あの医者、断言しても良いが、歯根嚢胞という病菌を知らない。

        歯科医は免許を持っていれば治療できるが、こういう点についてはやはり怖いものがある。

        一見ベテラン(酷い見方をすれば老人)の歯医者は、安心できそうで実は油断できない。

        自分の知ってる範囲以外の病気については、自分の知ってる治療法だけしか行わず、病気を悪化させてしまう。

        逆に「この病気は分かりますが、この医院では治療できません」と言うのであれば安心できるが、プライドが邪魔をしてしまう所為か、「ああ、治せる」と言って、方向違いの治療を進めてしまう。

         

        歯医者に限らず、どこか近所のクリニックを探す際、一応、どこの大学を出ているのかチェックした方が良い。

        やはりある程度の偏差値が高い所を出ている医者は、それ相応の技術を持っているのは確かだ。

        半数以上のクリニックや医院が、そこを隠しているというが、そういうところはなるべく避けたほうが良い。

        あと卒業するまでの年数も確認できればしたほうが良い(つまり、留年とか、資格取得浪人年数とか)。多浪はやはりちょっと…。

         

        治療において「臆病」な医者は、腕前はともかくも、「誠実」であるのは確かだ。

        自分が治すという使命感があるが、それが強くなると、理解しづらいもの治療しづらいものがあると、自分の知識経験不足から他に渡すか否かという判断に迫られる。前述の歯医者は、プライドばかり高く(地元の「名士」づらしてたものだから、よけい質が悪い)いい加減な治療をした。

        「ここでやるにはリスクが大きいから、紹介状を渡すので、指定のクリニックまで」と言えるクリニック、医院は当たりだ。

         

         

         

        で、抜歯した。

        歯根嚢胞に苦しめられた数年間が一気に解決できた。

        ここに病状について説明されているが、まさにこんな感じだった。

        歯が浮き、激痛が走る…でも一番ひどかったのが膿。

        歯茎から頻繁に、腐った酸っぱい膿が出てくるのを想像したら、どれほど嫌なものだったか。

        口臭を気にする職務ではなかったが、食べることが大好きな我輩にとって、どんな美味しいものが出てきても、これのせいで上手く噛めない、味が変という地獄がねえ…。

         

        心臓の数値も直後に改善した。

        血糖値は相変わらずだが、過去の酷さとはくらべものにはならない。

        あとは少しずつ体重を減らしていけばよいだけだ。

         

        抜けたところに穴ができてる。

        口腔外科医曰く、数カ月で埋まるから、食事のカスがハマらないように注意を…まあ、この場合は、水でうがいするのがべストであるが、我輩個人として、ここに舌をちょっと入れて弄るのが楽しかったりする。

         

        何よりも奥歯歯茎からの痛みが完全に消えた。

        日々の痛みがあると、身体全体が表現しづらいが固まってしまい、少しの動きもきつく感じられてしまう。

        今では昼休み、話題の築地市場までホイホイと飛ぶように歩くことができるし、休日も外出が多くなった。

         

         

         

        ちょっとの治療って、大事なものなんだね。

        ブルガダ症候群とICD | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

        半年かけて4キロ減

        2017.10.21 Saturday 21:07
        0

          JUGEMテーマ:健康

          JUGEMテーマ:台湾

           

           

          ズボンを買いに行ったら、5cm以上も引っ込んでた。

          特に運動はしてない。

          主治医と、病院の栄養士からの助言、それと台湾の「知恵」(正確に言えば、客家の…だが)を借りて、自然なダイエットを進めている。

          ああ、それと靴も重要だな。

          中性脂肪が正常になり、悪玉コレステロールが低下し、最近歩くだけでなく、走るのも楽になってきた。

          そんな難しいことではない。

          3食のうち、一食を軽いカロリーのものに差し替えるということと、腹がどうしても空いたら食べるモノを変えただけのこと。

           

          朝食をがっちょりと食べるのではなく、まずはプロティンとかに変えてみた。

          明治製菓とかが出しているモノでしばらく続けてきたが、正直な話、そのくどい甘さがどうしても我慢できないものがあった。何よりも、牛乳を別途買うという手間がなんとも面倒であった。

          コンビニは近くにはない。

          駅前にはスーパーがあるが、バス停から離れていて、しかも食品売り場が地下で移動が面倒だ(動けばカロリー消費できるって?1時間に二本しかバスが出ない環境で、一本遅らせることのほうが嫌なものがあるんだよ)。

          水で溶かすタイプのものなら、DHCのがあるが、こちらは妙に値段が高く、しかも甘さもさらに強い。

           

          シリアルというのもあるが、アレ、実は健康によろしくない…我輩は低炭水化物ダイエットのインチキさを理解しているが、かといってあれは過剰なまでの糖分を体内に送り込む罠を持っている。

          砂糖コーティングされていなくても、ドライフルーツ等が血糖値を一気に上げてしまい、これが心臓にエライ負担をかけてしまう。

          ああ、これも牛乳が前提だよな。

          個人的にはオートミールのようなホットシリアルのほうが好みだが、作る手間を考えると問題外だ。

           

          大豆を使ったシリアルバーも試したが、いかんせん、果糖が多すぎる。

          口の中に放り込んだ時に、口内の水分が一気に吸われるのは気にしないし、意外と腹持ちが良いのは評価できる。

          が、やはり血糖値を上げてしまうものが多すぎる。

          数回、駅のベンチにへたり込んだことがある。

           

           

           

          と、まあ、そんなこんなで、たどり着いた「代理食」がコレ。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          台湾のスーパーに行くと、馬玉山などの食品会社から、こういう感じのシリアルっぽいものが入った袋が山積みされている。

          中身は小袋に分けられた粉。

          様々な雑穀を混ぜ合わせたもの、アーモンド等のナッツ類を混ぜ合わせたもの、小豆を中心としたお汁粉のようなもの…未だにそれらを総称して、なんと呼ぶのかわからないが、我輩はとりあえず、客家擂茶(はっかれいちゃ)と呼ぶことにしている。

           

          台湾の客家人は大きなすり鉢の中に、その日の体調に合わせて様々な雑穀、豆等を入れ、擂粉木でよくすり潰し、熱湯を注ぎ飲むという習慣があると聞いた(間違ってたらごめんなさい)ことがある。

          自分だけではなく、客をもてなすにも、この擂茶は給されてる。

          それが時代を経て、朝食として自分ですり潰す手間を省き、既に調合(?)されたものをお湯に溶かして飲んだり、風邪などで食欲がない時のお粥として飲んだりするようになった…ということで、一般的に売られているのであろう。

           

          賞味期限が半年間過ぎてたが、以前、何かのきっかけで台北のカルフールで買ったこれを思い出し、台湾人のようにお湯に溶かして朝食として飲んだ。

           

           

           

          いいんだわ、これが…

           

           

           

          甘味が柔らかい。

          砂糖が少量入ってるが、血糖値を跳ね上げるほどではない。

          むしろ雑穀や胡麻に入っている僅かな糖分がバランス良く、お湯によって引き立てられ、香りが鼻腔を通り抜け、それと合わさってなんとも言えない優しい甘さが体に染み入る。

          どれをとっても体によさそうな雑穀、豆、胡麻などが形をとどめないくらいに粉状になっていて、お湯にさっと溶ける。

          初め見た時は、緑色、茶色などの不可解な泥ようにも思えたが、今ではそういう色でなければ、飲む気にはなれない。

          何よりも、胃の中で膨らむのだ、昼まで十分に持つのが不思議だ。

          お湯に溶かすから、ティファールの湯沸かしでささっと作ることができる。

          人によっては、前述のプロティン同様にシェーカーに牛乳と混ぜて飲むこともできるし、この薄い甘味であれば我輩もいずれ試してみたいものだ。

           

          とゆーわけで、台湾に毎年行く理由がもう一つできた…というわけだ。

          一応、日本にも台湾から直輸入して販売している店もあるが、ちょっと高くて…であれば、カルフールで箱買いして、コンビニ経由で送れば…という感じでねえ(交通費や宿泊費を込めたら、同じくらいじゃないの?…チッチッチ…わかっていらっしゃらないな。台湾まで「行く」こと自体が、健康に良いことなんだよw)。

           

           

           

          小腹空いた時については、最初、トマトジュースでごまかしてたが、栄養士からストップ…トマトジュースは結構、果糖が多いんだとのこと。

          味付け海苔もダメ…みりんの糖分をバカにしてはいけないし、塩分が多い。

          ナッツは?…と訊くと、油分が高く、一袋を三日かけて食べないと中性脂肪が増える…ええ?我輩なら二袋を一回で食べるのだが。

           

          んじゃあ、何がいいんだ?

           

           「小魚や昆布はどうですか?ただし、塩分のないものを」

           

          ということで、前者導入。

          これは効くね…袋の1/4だけでも結構腹が膨れる。

          糖分は何も入ってない、タンパク質とカルシウムの塊・

          実は会社の近くが、話題の築地市場…結構、この手の乾物を扱う店が多いから、大量買いできる。

          これも体重が減る要因となってるのかもしれない。

           

           

           

          あ、あと靴だね。

          政府も動いているし、我輩も全面的に賛成。

           

          カタギになって5年経つのだが、背広の息苦しさ以上に悩ましかったのが靴。

          グッドイヤーウェルト製法の靴を大枚はたいて購入し、履きだしたのまでは良いのだが、とにかく歩きづらい…。

          歩きづらいから、歩きたくない。

          歩かないようにするにはどうしたらよいのかという考えばかりが出てきて、結果、それが体を悪くしてしまう。

           

          今年から会社に対する態度を変え、昔のような恰好はさすがにできない、なんつか、冬であれば田舎教師みたいなジャケットを着て(こないだ、7万円以上するものを買っちゃったりしたがw)、下はチノパンやコーデュロイ、靴は天然皮革スニーカー…

           

          昼食後に隅田川沿いをテクテク歩いたり、江戸情緒豊かな問屋街を歩いたり(随分を変なロケーションだよな、今の会社)できる…歩こうという気持ちではなく、歩きたいと自然に思いたくなる恰好は大切なんだな…と思う。

           

           

           

          ダイエットは、意識しちゃダメだってことだ。何故かいつものまにか、こうなってた…が重要だ。

          - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

          心臓にとって、口腔が一番怖い場所ということ

          2017.10.16 Monday 13:43
          0

            JUGEMテーマ:健康

             

            この一週間、おかしな微熱が続き、会社での業務はルーチン化してるはずなのに、どうしようもない凡ミスが多くなって、上司がすごく心配してくれた。

            風邪ではない。

            初期段階であれば蒸した青森県産福地ニンニク一個を食べれば治るはずだが、それが効かない(周囲に臭さを撒き散らかしてすまん)。

            というか、嫌な疲労感がある。それも5年前に感じたのと同じような、身体が重く感じられるというアレだ。

            となると結論からすると心臓である。

            ICDのモニターを管理している病院に問い合わせると、少し弱まっているという連絡が。

            いきなり寒くなったからではないかとも言われたが、いや、これはちょっと違う。

             

            日記にあまり書いてこなかったが、我輩の右下奥歯に歯周病、更にそれよりもタチの悪い歯根嚢胞が発生していた。

            数年前から歯が浮くような違和感を覚え、噛む強烈な痛みが出る。

            毎日丁寧に歯を磨いているのにもかかわらず、自分でも嗅ぎ取れるおかしな臭い(膿の腐臭だった)。

            最初は、毎月歯石除去のために通ってた歯医者でそれを相談したが、腕が根本的に悪いのか、この病気を治す機材がないのか(両方だろうな)、怖気ついた回答しかなかった。

            そこで近くの新しい歯医者(出身大学を自慢しているところもあるのだが、腕は確かで、設備も最新式)で診てもらったら、この病名をはじめて告げられた。

             

             「神経を抜いて、歯を残すという選択肢もありますが、根元が折れているんですよ」

             

            となると、抜歯しかないわけだが、心臓のことを考えて、病院の口腔外科で…ということに。

            一応、数カ月間かけて神経を抜いて銀を被せたが、やはり違和感が消えず、ぐらつきが激しく、絶え間なく膿が出てくるという状態。

            そして、その膿が臭くなると、決まって軽い心臓発作が起こってしまうということも発見した。

            ちょっとしたバロメーターだが、これほどうれしくない目安はないぞ。w

             

            最近になって、口腔と全身の健康の繋がりについて、いろいろと言われるようになった。

            まさに我輩が、そのケースとなってる。

            単に飲食物が最初に放り込まれる場所というものではない。

            歯茎のわずかな腫れや傷ほど恐ろしいものはない。

            歯根嚢胞もまら、口腔内いっぱいに広がる細菌が入り込む入口のようなもので、わずかなものでも心臓にこびりつくと、心膜炎等が発生してしまう。そうなると我輩は、毎年元旦に更新している遺書が効力発揮するというものだ。

             

            心臓に限ったものではない。

            口腔については、毎月は大げさであっても、やはり年に数回は通うべきである。

            歯医者と口腔外科は厳密にいえば違うが、わずかな変化を見分けられるスペシャリストであり、かかりつけ医の一つとして日常生活に加えるべきだ(他に薬剤師とかも)。

            で、何かおかしいことがあれば、即刻、文字通り「根こそぎ」治すこと。

             

             

             

            んで、先ほど病院の口腔外科でいつも通り、心電図を取り付けられ、抜歯&歯根嚢胞の奥底の清掃が行われたわけだが…

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            画素数を粗くして、少しぼやかしたけど、エグイねえ…

            これが歯根嚢胞の正体。

            膿がほとんど塊と化し、1兌紊離汽ぅ困捻歯の根っこに棲息してたということ…

             

            「いやあ…山本さん、よく今まで我慢してましたね」

             

            と外科医が呆れながら説明。

             

            「かなり奥底まで溶けてて、もう少し遅ければ、顎の手術どころか、心膜炎になるかもしれませんでしたよ」

             

            それにしても、原因はなんだったんだろうか。

            自慢ではないが、我輩は虫歯がないというのが自慢であったが、歯周病はそういう虫歯のない人ほど罹りやすいという話を聞いたことがある。

            あるいは心臓病からこの種の病気になったのか、あるいは歯周病から心臓病になったのか、鶏卵と同じ堂々巡りになりそうだ。

             

             

             

            抗生物質と沈痛剤を飲んで、しばらく安静。しかし、口臭はなくなったのを自覚できる。早く抜けばよかったな。

             

            ブルガダ症候群とICD | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

            あひょー

            2017.10.07 Saturday 17:12
            0

              あひょひょひょひょー♪

              買っちゃったー買っちゃたー

              7万円するハリスツィードのジャケットを、衝動買いしてしもーたー♪

              あひょーひょーひょー♪

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              台湾まで2回遊びに行ける金額が、このジャケットに集約ー♪

              もう反省するとかのレベルじゃねー♪

               

              いや、あのな…冬に向けて、もう背広はやめて、ビジカジに統一しようといつもの背広屋に行ったわけよ。

              毎晩毎晩、アイロンをかけるのが面倒だってことで、ズボンについてはチノパンとかそんなものにしようと行ったわけよ。

               

              そしたら、サイズぴったりのこのじゃけっとがめのまえにとびこんできてああああうさvsあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)

               

               

               

               

              まあ、いいよね、こんなくだらない日記を書いても。

              いやあ…いいね、やはりこれは。

              パジャマとしても着たいくらいだよ。

               

               

               

              というわけで、なんのオチもなく。

              - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

              この単調さを愛しく感じる

              2017.10.01 Sunday 00:20
              0

                5年ぶりであろうか、昔、いろいろとご迷惑をかけたゲーム会社の社長とお会いした。

                ゲームのノベルティに関する、昔、我輩が描いた原稿が出てきたのだが、返送しますか…ということであるが、挨拶をしたいと思い、受け取りに行くことにした。

                会社を移転するということで、大掃除をしている最中に発見されたのであろう。

                新宿でお土産を買い、久々にその会社のある街へ。

                土曜日だから通用門から入る。

                そうなんだな、この会社のあるゲームが大好きで仕方なかったっけ。

                 

                久々にお会いし、いろいろとお話し。

                その中で、今のカタギな生活はどうなのだと訊かれ、ふと、考えてしまった。

                 

                朝の9時に出社し、人事のルーチン(「仕事」ではない、あくまでも「ルーチン」だ。我輩にとっての「仕事」は何もない所から何かを創り出すことであり、それ以外は「ルーチン」ワークでしかない)をこなし、午後6時きっかりに帰る。

                残業代のない会社であるから、ダラダラと会社で過ごすような馬鹿はしない。

                やりがいを感じる「ルーチン」なぞ存在しないし、そもそも出世して、会社のためにどうこうするという気持ちはさらさらない。

                毎月、きちんと一人で暮らせ、貯金できる給与がもらえる。

                健康保険で安心して心臓の治療を受けられる。

                土日祝日は休む。

                夏休みがあって、年末年始休むことができる。

                なぜかメーデーも休められる、おかげでGWは長い。

                有休も申請すれば理由なしで受理される。同業界において、消化率が一位であるというのも頷ける。

                 

                気付くと、一週間が終わる。

                 

                単調な日々。

                このまま定年まで、この「ルーチン」は繰り返されることになるだろう。

                 

                ゲーム業界に戻るつもりはないし、戻るべき場所もない。

                過去に数社から、来てくれないかというお誘いがあったりしたが、全部が全部、そのあまりの胡散臭さに断った。

                頭数合わせ、あるいはただ、使い捨てという魂胆が見え見えだった。

                 

                 

                 

                心臓病のために、引退しなければならないということに、慟哭した。

                あの業界で死ぬことが本望だったと、真剣に思った。

                だが離れてから5年。

                たとえ「ルーチン」であっても、今の会社から色んなことを「求められている」ことにわずかな慰めがあり、それが日々の繰り返しの中で積み重なっていくと、この単調な生活があまりにも愛しく感じられるようになった。

                 

                 

                比較するのは馬鹿げてるが、テレビ映画「バンドオブブラザーズ」のウィンターズ中尉が、ノルマンディ作戦が成功した日の夜の独白が、切なさと共に、ああ、我輩は今この日々こそが、彼の神と自分自身に約束と同じことなのだろうかと、思ってしまう。

                尤も歴史では、中尉は朝鮮戦争にも出征したが。

                 

                 

                 

                戻ることは、やはり無い。

                そもそも真摯に求められるということはないし、我輩が求めたとしても、場所が存在するわけはない。

                命は惜しくはないが、あの状況では犬死になってしまう。

                戻ることに対して説得する相手がいないということであっても、だ。

                結婚するわけでもない。代は我輩で潰える。

                死んだらそのまま忘れられる将来を含めて、この静かで単調な日々が今の我輩の世界だ。

                 

                 

                我輩がもし戻るとしたら、誰のためでもない、単に我輩が読みたい、遊びたい、楽しみたい、そんなコンテンツを創る時だ。

                - | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

                死者が親友となる時

                2017.09.24 Sunday 21:05
                0

                  JUGEMテーマ:映画

                   

                  1987年に亡くなった神話学者の大家、ジョーゼフ・キャンベル。

                  彼が死の前年まで、ジャーナリストのビル・モイヤーズとの対談を通して、神話とは何か、神話に登場する人物たちとはどういうものなのか、神話が現代人に対して問いかけるものは何か、そしてその力とは何かについて述べるドキュメンタリーがあり、死後、一冊の本にまとめられた。

                   

                   

                   

                   

                  神話をその通りに信じることは21世紀において不可能であるし、神話の一言一句を狂信的に信じることは、人間が動物と峻厳に分け隔つ理性に背くことだ。

                  だがその中で詠われる物語を通して、人間としてどのように生きるか、決断に迫られた場合に何をすべきかについての力を得ることができる。

                  キャンベル氏はこう述べた:

                   

                  We have not even to risk the adventure alone for the heroes of all time have gone before us.

                  The labyrinth is thoroughly known ... we have only to follow the thread of the hero path.

                  And where we had thought to find an abomination we shall find a God.

                  And where we had thought to slay another we shall slay ourselves.

                  Where we had thought to travel outwards we shall come to the center of our own existence.

                  And where we had thought to be alone we shall be with all the world.

                   

                  我々は一人で冒険の危機に臆することはない。なぜなら英雄たちが、既に我々の先を行き、道筋を作ってくれたからだ。

                  迷宮の道順は皆に示されている…我々はただ、彼らの通った道を歩めば良いだけなのだ。

                  忌まわしきことを見出せねばならない時、我々は神を見出さねばならない。

                  他者を打倒せねばと考える時、自己犠牲の心が生まれる。

                  遠く離れて旅立つ時こそ、我々は世界の中心にいることを知る。

                  そして孤独に苛まれている時こそ、世界は我々と共にあるのだ。

                   

                   

                   

                  神話に限らず、歴史、伝説、伝承、小説でもよい、童話も素敵かもしれない…それらの生きていない存在、極言すればそこに登場する「死者」達を知り、学び、真似をし、対話をするようになり、心の底からたとえ空想の存在であったとしても、親友だと思えば、人生は随分と楽で、美しく楽しいものではなかろうか。

                  ただ行ったきりではただの引きこもり、現実と向き合えない臆病者になってしまう。

                   

                  こちらは有名であろう、ミヒャエル・エンデ。童話作家。映画でも知られているから、あえて説明はしない。

                  映画でのイメージばかりが先行して、原作を読まないと理解できない「果てしない物語」。

                  主人公バスチアンがアトレーユ等のキャラクターを通して、ファンタージェンを救うという話についても割愛。

                  とはいえ、原作と映画はかなり違うので原作に絞りたい。

                  前半ではファンタージェンを救い、後半ではバスチアンがその世界から出られなくなる(というか、バスチアン自身が出たくない)というものである。

                  ファンタジーの世界に没入し、自分をその世界の中で違う個性として存在し、他のキャラクターたちを通して生きることは悪いことではないが、しかし、そこから出て、再び現実に帰ることにこそ、本当の勇気が必要であることが描かれている。

                  ファンタジーの世界、神話、伝説、歴史…それらに自分を置き、会話し、冒険することは、過去の自分を浄化することを意味する。そして、浄化して帰ることで「明日から何もかもが変わる」のだ。

                   

                  「果てしない物語」のファンタージェンは、実在しないもの。

                  神話や伝承、歴史の(たとえ史実と違うものであっても)英雄たちは、既に死んでいるもの。

                  だが、彼らと「親友」になることで、我々は再び、現実社会に帰ることができる。

                   

                   

                   

                   

                  だからこの映画を観終わった時に、奇妙な既視感を抱いた。

                  制作者の意図は全く違うものかもしれない。

                  映画評論家は、感動的なコメディと絶賛している。

                  だが我輩としては、これこそ21世紀の形での、神話とそっくりではないかと感じた。

                   

                  主人公は死体と巡り合う。

                  現実では、ただの死体で、何の役にも立たない。

                  だが、あらゆる困難な状況に際して、助けてくれる(「道筋を作って」くれてるともいえるかもしれない)。

                  死体がしゃべりはじめると、半分以上がシモネタであるがw…それでも、死と生の境界線はどんなにあいまいなことかを気付かせてくれる。

                  主人公は日常の(現実の)世界から逃げ回ってた。

                  だが、死体に対して、生きることの素晴らしさを伝えることで、日常の(現実の)何気ない世界から逃げず、素晴らしいと感じるようになる。

                   

                  この映画では、主人公は無二の親友となった死体と共に、神話の中を歩いたのだ。

                  そして、現実の世界に戻った時、そこから主人公は多くの目撃者と共に、新しく生きようと歩みを始める。

                   

                   

                   

                  死者と親友になる時、生きることに深刻になってた自分があまりにも滑稽であることに、気づかせてくれる。

                  - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                  【備忘】台湾ファミマから日本ファミマ 店舗間配送サービス

                  2017.09.22 Friday 11:36
                  0

                    JUGEMテーマ:台湾

                     

                    ファミマ、日台で店舗間配送サービス開始 まずは台湾発送・日本受取から

                     

                     

                    ..........(゚∀゚)..........  (以下、転載)

                     

                     

                     

                     

                    拝復 平素は格別のお引き立てを賜り、誠にありがとうございます。


                     さて、この度お送り頂きました、私どもファミリーマートの「国際コンビニ配送サービス」に関するお問合せを拝見いたしました。こちらは、台湾のファミリーマート店舗でお預かりした荷物を日本国内のファミリーマート店舗で受け取ることができるサービスです。ご利用手順としましては下記の通りです。

                     


                    <国際コンビニ配送サービス>
                    ●ご利用の流れ
                    ‖耋僖侫.潺蝓璽沺璽氾絞泙離泪襯船瓮妊ア端末「Famiポート」で、
                     Eメールなど必要情報と、受け取りたい日本国内のファミリーマート
                     店舗を入力し、レジで荷物と配送料金をお預けいただきます。


                    登録したEメールに「店頭受取番号」「暗証番号」「店舗への荷物
                     到着予定日」送信されます。(台湾から日本国内まで4〜6日程度)


                    F本のファミリーマート店舗の「Famiポート」で「店頭受取番号」
                     等を入力し、レジで荷物を受け取ります。

                     また、弊社海外担当部署へ確認致しましたところ、現時点では上記
                    サービスの日本語説明サイトのご用意はございませんが検討いたし
                    おり、今後開設する予定でございます。

                     なお、現地台湾のファミリーマートにございますFamiポートにて、
                    日本語での画面表示を選択頂くことが可能でございます。
                     以下に手順をご説明致しますのでご参考にして頂ければ幸いです。

                    <国際コンビニ配送サービス>
                    ●台湾ファミリーマートにあるFamiポートでの日本語選択方法
                    (1)FamiポートTOP画面より『服務寄件』を選択
                    (2)『海外店到店』を選択
                    (3)『海外店到店寄件査詢』を選択
                    (4)『日本店到店寄件』を選択
                    (5)「中文・日本語」の選択画面が表示されるので、
                      『日本語』の方を選択

                     以上、お客様へのご返事とさせていただきます。

                     最後に、お客様のますますのご健勝をお祈り申し上げ、書中にて
                    ご挨拶させて頂きます。
                                               敬 具

                    ******************************

                     株式会社ファミリーマート お客様相談室

                     

                     

                     

                     

                    とのこと。

                     

                     

                    フォ━━ヽ(゚ω゚)ノ━━!!

                     

                     

                     

                    郵便EMSを活用したものだから、色々と制限があったり、送料は比較的高いけど、それでもこれはありがたいいいいい!!!

                     

                    ありがたい理由その1 : 郵便局まで出向く必要がない。台北の定宿から微妙に遠い…。

                    ありがたい理由その2 : ファミマだから24時間依頼できる。帰国前日の深夜でもできるということになる。

                    ありがたい理由その3 : (たぶん)インヴォイスを別途用意する必要がない(これ、結構めんどい)。

                    ありがたい理由その4 : コンビニで箱が販売されてる(あれ?セブンイレブンだけだっけ?その場合、隣のセブイレで)。

                    ありがたい理由その5 : 送料が足りなければ、店内のATMで引き出し(郵便局にもあるけど、設置場所が「?」)。

                     

                    EMSだから前述の通り、やや高いということと、意外のファミマの店舗が台湾では少ないというのがデメリットとしてあるが、それにしてもこんな素晴らしいサービス、もっと広まってほしいものであるよ。

                    空港でパンフとかファミマ店舗で配布してくれたらいいのにな(成田空港にあるぞw)。

                    帰りはコーヒー豆とかお茶とか、積み重なれば結構な重さになるんだよ。

                     

                     

                     

                    よし、来年2月!(今年は結局、行けそうにない…)

                    - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                    青稲の夢

                    2017.09.17 Sunday 23:20
                    0

                      JUGEMテーマ:東北の旅

                       

                      前後して申し訳ない。

                      1215年前、蝦夷と呼ばれる地域の酋長が反乱の末、今日処刑された。

                      名はアテルイ。

                      腹心のモレと共に、今の大阪のどこかで刑場の露と消えた。

                      先月の東北旅行で、「続日本紀」等のわずかしか登場しないその人物について、少しばかり触れておきたいと奥州市埋蔵文化財調査センター等を回ったが、ピンと来るものが残念ながらなかった。

                      個人的にその作風のゴテゴテ感故、好きになれない高橋克彦氏の「炎立つ」が、霞の中で慄然として立ち上がる怒れるアテルイの姿を面白おかしく登場させたことと、それが大河ドラマ化されたことで、この一帯の観光の目玉となり、漫画や演劇などで「中央に反抗する英雄」という姿を作り上げ、岩手県において時々見受けられる独特なルサンチマンを代弁する存在として成立していった。

                       

                      だから、売国奴汚沢を未だに持ち上げているのであろうか…ま、今回はその話ではない。

                       

                      史実では、朝廷軍との戦いは確かにあった。

                      しかし前述の「続日本紀」、そして「日本紀略」では北上川での戦いだけが取り上げられ、15年後、唐突に降伏したとされてる。

                      戦はその間、何もなかったのか?

                      全く不明のままだ。

                      アテルイは500人の部下と共に、坂上田村麻呂の下で剣を置いた。

                      ゲリラ戦であれば、まだ十分に戦える数であったとも思える。

                      だがそれ以上は続けることはしなかった。

                       

                      作家や漫画家などは、矢が尽いたからと、最後まで絶望的な戦いから逃れなかった英雄を夢想した。

                      坂上田村麻呂がアテルイの助命を強く願ったのは、戦場で刃を交えた末から生まれた奇妙な友情からだと、安直な結論に結び付けたいと思うのはたやすい。

                       

                      オカルトなものとなると、アテルイは縄文の文化を守る最後の守護者だった。大和朝廷がもたらす弥生文化、稲作文化への抵抗を試みたというのもあったりするが、最近の研究でそれは完全な間違いだと判明されている。

                      実際のところ、発掘された稲穂のDNAなどを調べると、アテルイが戦っていたとされる8〜9世紀には、東北全体で稲作が行われていた。稲作を否定し、森の恵みに感謝し、自由な狩りをしていたという縄文的なイメージは、ただ諏訪一帯だけが最後まで残っていたのが事実である。

                       

                      また多くの蝦夷が、地方に置かれた朝廷の国府に仕えていたという記録もある。

                      朝廷文化を学び、朝廷に仕える役人としての教育を受け、実績を積み上げ、やがて同化するという自然の流れがあった。

                      が、中には何かの理由で殺人を犯しを、逃亡してそのまま行方をくらますという事件もあった(おそらく、元の”生活”に戻っただけかもしれまい)。逆にそれが珍しい例であるからこそ、事件として記録されるわけであるとも思える。大きな反乱につながった殺人事件は今のところ判明されていない。

                       

                      経済的独立を失われることへの抵抗から、アテルイは戦った…これも眉唾だ。

                      陸路ではなく、海路による交易網が発達し、太平洋側、日本海側共に、東北地方のあちらこちらに貿易の拠点があった。

                      無論、今とは違う仕組みではあるが、経済的に鎖国することは不可能であった。昆布や毛皮、馬や羽毛は京において大人気の品であったし、京での鉄製品や織物は蝦夷の豪族にとってはステータスシンボルであった。取引を拒む理由はどこにもない。逆にアテルイが妨害などしたら、降伏する前に他の酋長達によって殺されるのがオチだ。

                       

                       

                       

                      前述のセンターでは、日本書紀(景行天皇27年2月27日条)の中で、東北地方調査を行った武内宿禰の上奏が発端だというビデオを流してた。

                       

                      東の夷の中に、日高見国有り。

                      その国の人、男女並に椎結け身を文けて、人となり勇みこわし。

                      是をすべて蝦夷という。

                      土地沃壌えてひろし。撃ちて取りつべし。

                       

                      ここから、日本武尊の伝説が始まったのだが、その流れからアテルイは立ち上がった…というのは、どうにも解せない。

                      景行天皇が仮に実在していたとしたら、4世紀から5世紀頃に、日本武尊の蝦夷討伐が始まったということになる。

                      いきなり、大和朝廷の軍がやってきて、服従しろと命じたから、反乱を起こしたというのは無理すぎる。

                      それに7世紀には既に、蝦夷が大和朝廷まで朝貢をしてた記録が「日本書紀」にあるし、国府に仕えてた蝦夷の豪族も多かった

                      コミュニケーション不足?

                      800年近くも交流してて、それが不足してたというのであれば、アテルイは現代風に言えば「コミュ障」になってしまう。降伏に際して、500名の部下がそれでもなお付き従ってたのであれば、ことは矛盾する。

                      センターが「撃ちて取りつべし」をいきなり出したことには、何か悪意を感じさせてしまう。

                       

                       

                       

                      稲作は既に定着し、交易も栄え、大和朝廷との関係が着実に構築されていく中で、何がアテルイに剣を持たせたのだろうか。

                      この一帯では、何かしらの大義を持たせようと懸命に想像を働かせて、英雄たらしめんと試みている。

                      それは悪いことではない。

                      以前日記に、「神話」を持たない民族、国家は滅ぼやすいと書いた記憶があるが、架空であれ、そこに「ここの人たちは、このように生きるべきだ」「困難なことに面した際、神話や伝承での英雄はこう動いた」という「知恵」が、どうしても必要なものである。

                      そして皮肉だが、アテルイについて詳細な記録がない故に、たとえ反乱を20年近く続けていた理由が実に下らないことであったとしても、史実でのアテルイとは全く違う「アテルイ」が生まれ、愛されていることは、きわめて幸福なことなのだ。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      青い稲は蒼天へと連なり、アテルイの夢はこの地方の人たちの夢と繋がっている。

                      - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |