国産品運動?

  • 2009.09.08 Tuesday
  • 19:28
何度も日記に書いているが、我輩の住んでいる団地の近くに、コンビニが一軒もない。
やる気のない山崎製パンの店(半年前に賞味期限が切れた羊羹を平気で置くような店)があり、定休日や開店時間は一切不明。
そもそもそこに置かれている洗剤とかも、ブランドからして謎のものが多い。もしかしたら、昭和30年に時間を止めてしまったのかもしれない。
コンビニよりもスーパーが近いという不思議な立地条件である。
これで東京都なんだぜ?
素敵すぎるだろ。
畑からの取れたて無人野菜直売店が堂々と存在しているというのも、スゴイところだ。
東京都は東西に広く、西部は確かに奥多摩郡とかあるが、ここはベッドタウンとして一応認識されている小金井市。
まあ…吉祥寺と国分寺、立川と比較されて笑いのネタにされているという点では、胸張れるような市ではないけどな。

とはいえ、野菜直売所があるのは、逆に考えればありがたい。
団地裏の畑には、茄子畑があり、毎日そこで取れたての茄子が並べられる。
野菜の中で我輩は茄子が非常に好きだ。
田楽、味噌汁の具、色々あるが、やはり美味しいのは切れ目を入れて、コンロで焼き、すりたての生姜をたっぷり乗せて醤油を垂らして食べるというもの。ああ、こう書いているだけで、よだれが出てきた。

今日も無職で貧乏な生活の中、いつもの直売所へ行き、茄子を買う。
今がちょうど旬だ。
味わいもある。
たまには別のものでも作ろうかな。

お?
農協から卸されたものなのか、唐辛子(茨城県産)とにんにく(青森県産)がある。
そういえば自宅には、昨日、スーパーで買った鶏のひき肉(栃木県産)があったな。
掃除してたら、賞味期限まで数ヶ月の国産黒ごまを使用したごま油があった。
よーし…


















麻婆茄子完成。
国産100%!

あ…豆板醤だけ、台湾産だった。
まあ、これだけは許して。



解雇されて、貧困の中、一ヶ月以上経過した。
来月から新たな生活が始まるが、貧しい状況にあることは、変わりはない。
ただ、不思議と毎日が楽しい。
在職中はこのような気持ちはなかったのに。
自分で食事を作り、午前中は英語の勉強、昼は散歩、夕方は読書や実現されることのない企画書の作成、いろんな講習会への出席、夜は座禅。

何をもって、人は貧しいと考えるのか。
何を持って、人は富んでいると思うのか。

他人を利用して富もうとする人こそ、最も貧しい。
他人とともに貧しくなろうとする人こそ、最も富んでいる。
ほんの少し、視線を変えるだけで良いのだ。



長い人生を終える頃、一番戻りたいと思える時期を、今、我輩は生きているのかもしれない。
逆境であり、生活は苦しいが、でも、人生で一番楽しい時期だ。
心からそう思っている。

何が求められているのかを知れば、前例など糞喰らえだ

  • 2009.09.04 Friday
  • 23:50
精神的安らぎを求める、古来から伝わる様々な行が、
見直され、死を目前した層ではなく、時間に追われ、
自分が何であるのか、ふと思い出したくなる若い、
それも女性層を中心に、一つのブームとなっている。

いや、ブームと言えば、誤解があるかもしれない。
一過性のものではなく、少しずつ層が広まってきている。
そこには何ら、オカルト的なものは存在しない。
また、特定の宗教への偏った狂信も存在しない。

我輩が参禅している寺などでは、若い女性の姿が
多く見る事ができる。
女性だけではない。
我輩より若い年齢の人たちが、何かを求めて参禅する。

参禅する理由は、多様にあるだろう。
ある人は、ストレスを和らげるために。
ある人は、南禅師の書籍に感化されて。
ある人は、友達に勧められて。
理由は何でも良い。
ただ、座るだけでも、素敵なことなのだ。

座禅だけではない。
何度か高野山真言宗の寺院で、阿字観修法を体験したことがある。
座禅に似ているが、右脳に電気が通るかのような感覚を覚え、なかなか楽しい体験であった。

護摩修法の体験ができる寺院もあり、若い人が数多く参加している。
禊や祝詞を体験できる神社も増えてきた。

海外に目を転じれば、短期間ながら修道院の生活を体験できるコースが人気を得ている。
修道士達と同じように起き、祈り、働き、黙想することで、生活に追われている自分の生き方を見つめなおすというものだ。
そういえば永平寺でも、禅僧と同じ過酷な宿泊体験コースが用意されている。

はじめた目的は何でも良いのだ。
重要なのは、自分をそっと見つめなおすという機会への渇望…数年前からこの極めて深いニーズが、市場に渦巻いているということなのだ。

女性人気!瞑想や写経ができる 「高野山カフェ」が大盛況

こんなものでもいいのだ。



懐かしいな。
数年前、宗教色とかを廃したメディテーションに関するDSソフトの企画を出したが、前職で徹底的に否定された記憶がある。

「宗教ソフトは作らない」

というのがその理由だ。
宗教ソフトじゃないと、何度も説明したのに、だ。
まあ、何よりも前例がないというのが、最大の理由だったのであろう。

ただな、市場において、何が求められているのかを知れば、
前例など糞喰らえだ。
会社から一歩も出ずに、世間の風を一切感じることもせずに、
狭い開発室の中でのマスターベーションが、優先されるのか。
ヤレヤレだ。

失うものがないと知れば、生きるのが楽になる。
失うものがないと思う気持ちそのものを捨て去れば、生きるということさえも忘れてしまう。
いや、なかなか心地よい。

これより、長い夏休みに入る

  • 2009.07.31 Friday
  • 19:31
大学時代を含め、考えてみたら20年近く、内容がなんであり、エンタテインメント・コンテンツ業界にいた。
大学時代から卒業後のしばらくは、漫画(18禁だけどね)を描いて、数回掲載された。
CGのアルバイトをして、ドット絵の作り方に苦悩しつつも、当時としては珍しかったタブレットに触ることができ、貴重な体験をした…と同時に、酷いテクノストレスを患い、体重が一時130キロ間近に迫ったことがあったが…。
ゲームも作った。
アーケードゲームやPSのゲームを、発売されて間もないWindows95に移植する仕事をした。
その際に、音声の二次使用やらJASRACとの調整やら、はたまた追加収録ということで声優を手配したり(外国人声優の手配が最初の仕事で、日本語が通じず、収録のディレクターとの間に入り、キューを出しながら同時通訳したのが、今となっては懐かしい思い出だった)、オリジナルソースの開発元に謝ったり(これは何度もやったなw)した。余計なCGムービーを作って、予算オーバーしたこともあったな。

実写ムービーの撮影のノウハウ蓄積と経験について、ゲーム業界において一番だと自負している。尤も、はじまりが「悪代官」ではない。
特製の指揮棒コントローラでオーケストラを演奏するという「ザ・マエストトムジーク」で、撮影初体験がよりによって、極寒のドイツ・コトブス(斉藤さん、あの時は本当にありがとうございました)。旧東ドイツだったことから、英語が全く通じず、ロシア語が通じたのにはショックだった。

根っからのひねくれモノだから、「悪代官」シリーズを作ることができた。他にもこの種の企画ならたくさん脳内にある。






少しだけ、休ませてくれ。







本日、GAEを離れた。
今後の予定は一切ない。
人生、生まれて初めて、長い夏休みに入る。
ずっと走り続けてきた気がする。

メールを送ってくださった方々に、ありがとう。
真先に電話をしてくださった、葉山兄貴、吉野社長、感謝の言葉がない。
金子師匠、今度、猫を撫でさせて。

「ザ・マエストロムジーク」や「悪代官」などを作ったプロデューサ、Andy山本が、再びゲーム業界に戻るかは判らない。

ただ、支えてくださった方々への恩義と、そして応援してくださったファンの皆様のことは決して忘れない。
必ず、何かの形で報いたい。
いや、是が非でも報いなければならない。
一度死んだ人間だから、報いるのに必要な年数は、たっぷり用意されている。

ただ、今は少しだけ、休ませて欲しい。
ほんの少しだけで、十分だ。


支えてくださった皆さんへ。
ありがとう。



あ、ブログはまだ続けるぞ。
明日からは、「はぐれ雲」とでも副題を変えようかなw

煎餅を追って池上本門寺

  • 2009.07.07 Tuesday
  • 22:00
「いいえ、そのような大きなお煎餅であれば、お寺の石段下の店にありますよ。」

突然入るなり、撮影に使う大判の煎餅はないかと訊く無礼な珍客に、年老いた店主がにこやかな顔で案内してくれた。

「ほら、ここをまっすぐ行き、途中で右に曲がりますと、池上本門寺ですよ。その門のすぐ前にありますよ。そちらに行かれてはいかがです?」

商売敵という概念は、この街では野暮なことなのかもしれない。
我輩として滅多に乗ることも、ましてや途中の駅で降りることの無い、東急池上線。
今行っている撮影で、急遽、小道具として大判の煎餅が必要となった。
本来であれば、撮影前に楽天などで探して、購入すべきであったが、我輩が確認をしなかったことに責がある。
直径20センチ以上の煎餅であれば、たいてい、大きな寺のある門前町に、お土産としてあるものだ。浅草浅草寺の仲見世なぞ、そのよい例だ。大味であるが、賞味期限は比較的長く、外国観光客の好奇心をくすぐるにはもってこいのものだ。

考えてみたら、日蓮宗の門前町を歩いたことはなかった。
撮影現場は待っているであろうが、少しだけどんな雰囲気であり、町の人たちはどんな感じなのか、少し知りたくなった。
冒頭の煎餅屋の店主も信徒衆であろう。
町全体はやや寂れており、ところどころに昭和30年でカレンダーをめくり忘れた食堂や喫茶店がある。
お盆の道具を売る仏具屋は、店先に必要な用具を並べているが、商売っ気は全くない。

正直な話、町も人も、古い。
繁栄にも、現在の不況にも、縁の無い生活が息づいている。
ひどく退屈な町。どこにも行こうとしない、住民達。
それが率直な、我輩の感想だった。
だが、偉大な退屈は、限りない美しさを持っている。


「ああ、このお煎餅ですね。」

教えられたとおりに歩いたら、急な石段の前に、その煎餅屋があった。
無礼無骨な質問をする我輩に対して、穏やかに答えた店主夫妻。
想定してた煎餅よりも若干小さいが、顔を隠すに十分な大きさ。
撮影に必要であろう枚数を購入した。

「ほら、これもお食べ。欠けているけど、味はこんなんですから」

5枚くらい、袋の中にバラバラと入れてくれた。
なんてことはないかもしれない。
このような珍客に対して、十分なやさしさだ。






思わず参拝してしまった。
真夏の炎天下。
軽い熱射病になりつつ、急な石段を登りきったら、風鈴のけたたましい音楽に迎えられた。

比較的新しい建造物である。
参拝者は地元民が中心。
あちらこちらから題目が上げられている。
その唱え方は、あまりにも無骨。
あまりにも飾り気はない。
1分も聞いてたら、飽きてきそうだ。
だが、この町の退屈さと同様、何で美しいと感じてしまうのか、今の我輩には分からない。


現場に急いで戻る。
途中で、最初に道のりを教えてくれた煎餅屋に入り、御礼かねて煎餅を個人用に買う。
今、この日記を書きながら、ぼりぼり齧っている。
今時珍しい、きわめて濃い目の醤油味。
どうやら、本当にあの町は、時間が足踏みしている。
住みたいとは決して思わない。
だが、好きになれそうだ。

「無用」なる今こそを懸命に

  • 2009.07.06 Monday
  • 22:52
クライアント様が主導で、我輩は裏方に徹するようにしているが、それでも撮影はやはり楽しいものだ。
今までの撮影と違う点として、撮影に使用している機材が非常に高額なこと、それに併せてスタッフの数が倍以上で現場の温度が急上昇しつつ、ロケ弁当の費用がいつもより高いので、はてさて、どうやって足りない予算でやりくりすべきか、撮影中気になって仕方が無いということ以外、他と変わりは無い。
いや、前述のとおり、クライアント様主導での演出と、日本で一番優秀であると疑わないすスタッフの力もあって、我輩は何もしていないに等しい。
だが、この撮影現場の空気は、何物にも換え難い楽しいものがある。

二週間に及ぶ撮影が終わった後、我輩は今後の身の振り方を出すように命令を受けている。
この年齢で、すべてが拒否されてしまう悲しさはある。
だが、時によって山河は変わるように、我輩も時に従い、移ろうしかない。
我輩は「無用」の極致にある。
会社においても、ゲームというこの世で最も「無用」なものを作る「無用」な存在であり、人生においても日々刻々、「無用」が積み重ねられている。

「無用」な人生だからこそ、この人生に積めこめられるものは多種多様だ。
ある所から「無用」と宣告された段階で、その宣告したものは既に「無用」以外の何物でもない。
そこは既に「無用」であり、存在しなくなる。

悲しさもあるが、少なくとも「無用」の中に我輩は生きている。
悲しさは我慢する必要はない。
受け流して、悲しむことに疲れたら、また歩けば良いのだ。

さて、明日もまた、がんばろう。
刻一刻、「無用」である人生故に、意味をプレゼントしよう。
その為に、今の撮影に、力を注ぎたい。

簡素にすることは、一つの覚悟の形であったのかもしれない

  • 2009.06.24 Wednesday
  • 21:09
日記にもチラっと書いたが、会社における私物の殆どを片付けている。
おかげで机の回りは、今までの状況からは想像できないくらいに、整理整頓されていて、実に気持ちが良い。

考えてみたら、社内で受け取った書類というのは無駄なもので、共有サーバからデータで結局読むことができるものばかりだ。極力貰わないようにしているか、貰ったとしても、1時間後にシュレッダーにかけて廃棄するようにしている。
逆に社外からペーパーでしか受け取っていない場合は、机脇に置いている個人所有のスキャナーでスキャニングし、PDFに変換し、Gメールにて保管している。ペーパーそのものについては、必要であればフォルダーに収めるか機密保持ファイルにて厳重保管するか、不要だと判断した場合はさっさと廃棄するようにしている。

でも何よりも、私物が殆どなくなっているという点では、ある種の爽快感を抱きつつある。何かがあれば、中サイズのダンボール一箱ちょっとにて、全部収まり、あとは下のコンビニで自宅まで送付すればそれで済んでしまう。

江戸時代において、武家は門構えのみ立派にすれば、中があばら家であっても良しとする思想があった。

あばら家とは酷い表現かもしれないが、実際そこまで酷い状況ではないにしても、商家などと違い、飾るに相応しい華美なる個人所有物は置かない(意地悪く言えば、置けない、であるが)し、必要最低限の物のみで日々を過ごしていた。

武家であることから、先祖伝来の鎧甲冑や刀大小の手入れは怠ることがなかったが(とはいえ、大小については元禄時代を過ぎると、竹光で済ませるというケースが多かったが)、これらの個人の所有物を接する心がけとは何だったんだろうか。

いつでも『死』を心がけることから、この美徳が生まれたのではないだろうか。大げさかもしれないが、ふと、そう思ってしまう。

山本常朝の「葉隠」から、新渡戸稲造で体系化された「武士道」に至るまで、そこに一本筋の倫理が何かと問わば、常に『死』を意識しなければならないという、自己責任が要求されている。
『死』において、現世の如何なるものは意味をなさない。
ただ、厳然たる『死』に際して、遺されるのは、如何に生きたかという証である。

そういえば、内村鑑三の「後世への最大遺物」でも、死んだ後で、財産も名誉もない人間にとって、後世への最大の贈り物は何かと言えば、如何に高潔に生きたのかが重要だと説いた。

われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、アノ人はこの世の中に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世の人に遺したいと思います。

潔く生き、潔く死ぬためにはまず、自らの周囲を正し、簡潔にすることから始めなければならない。


まあ、『死』とか大げさに考えるまでは必要ないかもしれない。
ただ、明日、『何』があるか判らない。
せめて、その『何』が来たとしても、素早く身支度できるようにしなければならない時代になったのは、確かだ。

捨てるというのも、意味がないのか

  • 2009.06.05 Friday
  • 23:59
帰国時、大量に購入した総合ビタミン剤(これがハンパない量。デュアンリードなる、日本で言うところのマツキヨだが、PBの薬剤なども販売しており、帰国の間、毎日通っていた)の入れ物のキャップは、日本ではあまり見られない、押して開けるというタイプのもの。
蓋が知らずに緩められて、中をぶちまけるという事故を防ぐためのデザインだろうと思うけど、これがよく壊れる。
閉める際、強めに蓋を押すと、バキ!と音を立てて二度と開かなくなるのだ。
こうなると、ペンチから何かでこじ開けて、別の瓶に移し変えなければならない。
利便性より、まず強度について、改善して欲しいものだ。

…まあ、言っても聞いてくれないだろうけどな。


で、今朝方、いつものようにビタミンを飲み、蓋を閉めたら…。
出社まで時間がある。
慌てず騒がず、ペンチでグイグイ…。
こういうアバウトな設計、時としてありがたいものであるが、やはり間抜けな光景でもある。
こじ開けたら、案の定、蓋内側の溝が、見事なまでにツルツル。

蓋をそのまま開けっ放しでは湿気ってしまう。
ラップか何かで塞ぐ方法はないものかと、台所を見回すと、一年前に、「何かに使えるかな?」と思い、捨てずに取っておいた別のビタミン剤の空き瓶を発見。
移し変え、いつもどおりに出社する。




あの時、なんで捨てなかったんだろう。
ふと、あの空き瓶のことを思い出した。
ありふれた瓶であり、取っておく意味はなかったはずだ。
二週間に一回の資源ごみの日に出すだけどの瓶だった。


役に立たないから捨てるのか?


だが一年経った今日、役に立ったぞ?


有用無用の分別を持つから、人は苦しむ。
有用無用の判断を下す人こそ、その判断を下す資格なぞあるのだろうか。
その分別があるゆえに、あとで大きな後悔をしてしまう。
しかし、その段階になっても、救われることは一切ない。

社会生活において、有用無用の分別が必要なのは仕方ないことだ。
だが、無用ゆえに直ぐに捨てるのであれば、意味はない。
いずれの日に訪れる有用に向けて、有用たらんとするところを与えるのが、人の道ではないのか。



有用無用の断定ができる人を、我輩は決して信用することはできない。
無用だと思うのであれば、有用とする場を与えるのが、断定する側の責任ではないのか。

自戒

  • 2009.05.26 Tuesday
  • 23:09
我輩はキレると、本当に何をするか判らない。
見た目でいつも判断されているが、酷い誤解だ。
我輩はガキの頃から、一度キレると、どうしようもない状況に周囲を追い込んでしまうタチだった。

年齢と共に、心の落ち着かせ方を少しずつ学んでいるつもりであったが、それでもこの悪い癖が出てしまうことが、たまにある。
数年前、電話越しでのあるやり取りで、危うくバットを持って会社を飛び出し、電話向こうの人間をどうにかしそうになったことがあった。
受話器を持って、しばらく沈黙し、切れそうなスイッチを必死に押さえていたことに、相手は気づいていなかったであろう。
一番恐ろしいのは、スイッチが一度切れると、我に帰ることが全然できなくなることだ。
それがたとえ、冷却に適切であろう、中央線〜総武線一時間の移動があるとしても、だ。

最後のキレから20年以上…。

今日もちょっとしたことで、そのスイッチが切れそうになった。

最近、おかしい。

自戒せねば。

我輩は「無用」である。

「無用」であるものが、何、切羽詰って動いているというのだ。

畳み掛けてくる仕事に対して、これからは受け流そう。

でなければ、我輩以上に、会社が不幸になってしまう。

齢を重ねること

  • 2009.05.17 Sunday
  • 02:02
それは当たり前のこと。
ある年齢以上になると、数えるのが怖くて、耳を塞ぎ、
忘れようとする人がいる。
だが、誰でも年齢を積み重ねるものだ。
それは当たり前のこと。
その当たり前のことを、当たり前のように受け入れられるか、
それこそが、一番大切なことだ。

知識よりも
仕事よりも
家族よりも
財産よりも
地位や名誉よりも肩書きよりも

そのまま自然に、受け入れられるかの知恵こそが、
必要なのだ。

さて、残りの人生は、おまけだ。
ゆっくり、楽しむこととしようか。

あらふぉー

  • 2009.05.01 Friday
  • 21:03
今月17日で40。
あっというまに人生の半ばを通り越してしまったものの、
相変わらず迷いっぱなしの人生。

真っ直ぐ歩かず、袋小路に迷い込んだり、
とんだ遠回りをしてしまったり、躓き転んだりしながらも、
なんとか生きている。

独身であることのデメリットも多いが、
少なくとも生きる責任は我輩一人が負っていることだけでも、
気は楽だ。
そりゃ、老いてからの孤独は覚悟しているが、
元々一人で生まれ、一人で死ぬのだ。
だれを指して「孤独」という分別が出るというのか。
それに、今はどこもかしこも、生きるのが大変だ。
死ぬことよりも大変なことだ。

それに、一度死んだ人間だ。
あとの人生は、無用なるおまけでしかない。

死神が我輩を見放した瞬間、
幸不幸の分別がなくなり、
我輩は生まれ直した。

今は無用なるこの人生を歩むこと自体、
楽しみとしている。





さて、また歩き出すとしようか。
今日から、何かが動き始めたから。

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