ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

許されない食べ物?

2018.06.26 Tuesday 12:39
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    JUGEMテーマ:台湾

     

    先日、台湾人の親友が訪れたので、横須賀鎮守府(リアルな意味で)を案内した。

    食事なども一緒にし、直売所などに連れて行ったが、そこで学んだこと...。

     

    台湾人はやはり甘口が好きなんだねえ。

    海軍カレーのレストランで、甘口カレーを美味しい美味しいとのこと。

    むろん、辛いのは平気だが、甘みは旨みに通じるんだろうなあ。

     

    魚の練り物へのこだわり。

    とりわけさつま揚げなど、品質がよく安ければ、いくらでも買っていた。

    驚いたことに、台湾まで持って帰ってたからなあ...。

     

    そしてこれは以前、親友の大叔母との会話にて...曰く、日本の料理で許せないものがあるそうな。

     

     

     

    麻婆春雨。

     

     

     

    春雨を麻婆豆腐のようにして食べるのは、信じられない!...

    ということで、お土産に永谷園のを数パックほど渡した。

     

    後日、食べてる姿の写真が送られてきたが...いやあ、複雑な表情www

     

     

     

    で、なんでこれを書いたのかと言えば、

     

     

    日本人が大好きな「日本の食べ物」が海外で侵略的外来種に!外国人には「気持ち悪い」と大不評!?【台湾人の反応】

     

     

    ぶははははw

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    仮にそこでリタイアメントをするとして

    2018.06.17 Sunday 22:20
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      現在、少しばかり社内ニート状態。

      理由はいくつかあるけど、我輩は逆にこの状態が非常に好きだ。

      正直、今、勤めている会社に対して一切の愛社精神はない。

      また我輩としては、”仕事”ではなく、ルーチンでしかない。決められたことを、正確に処理するだけ。人工知能まで行かずとも、BOTでも簡単に処理てきるものは”仕事”とは言わない。ましてやそれを、自分だけのモノにする連中が往々にしているんだよな。ほら、

       

      「俺様がいなければ会社は動かない」

      とか

      「あたしがこの部署にいるから、手続きが進むのよ、紙一枚さえ、あたしから取り上げてはならない」

      という感じ。

      所謂”属人化”ってやつだけど、こういうのが跋扈している会社は簡単に倒産するからな…

      そんな所に対して、労働意欲なぞ湧くわきゃない。

      我輩の周囲にあるものについては、我輩に何かがあっても、誰かが簡単に引き継ぎできるようにしてるが、こういう”標準化”を排除しているんじゃあ、こいつらが10年後にいなくなった後はどうなることやら。

      せめて我輩が定年退職するまで、もっててくれ。

      悪魔が笑い、会社がトップダウンとして”標準化”を進めると宣言しても、我輩は少しも信用しないからな...数年前のあるプロジェクトがトップダウンで潰された時から、もう匙を投げてるから。

       

       

       

      まあ、そんな感じで、会社に出ても暇だ。

      かといって、外出するという名目が作りにくい。

      てか、周囲は陸の孤島、ちょっと本屋に寄るとかで時間を潰すことができない。

      喫茶店はあるが、分煙していないから、ひたすら臭い。

      無駄金を使う機会は、川崎に居た頃よりも激減したのは良いが、なんつかねえ…PCのなかった昔、我輩のような社内ニートはどんな感じで社内において時間を潰したのか、訊いてみたいものだ。

       

      BOTや人工知能を使った何かを企画しても、どうせ潰される。

      人事システムはフランケンシュタインのようなもので、いろいろと話しあいするが、話し合いできるような連中は今の会社にはあまりいない。

      自分の勉強とかも考えたが、それらは禁じられてる。

      なんだ?会社のためにもなる勉強だぞ?それを禁止して、飼い殺しにするつもりか?

      まあ、逆にPythonを会社でこっそり勉強しているのだけどな。

      「ダメだ」と言われたら、「なんでダメなんですか?会社の将来に役立つプログラミングを会社のサーバーに組み入れてるだけですが?」と返せるからなw

       

       

       

      ああ、くだんね。

      あと十何年か、ここで無駄に時間を潰すだけってなことか。

      ならば、その後での生活について、いろいろと準備するくらいは許されよう。

      リタイアメント、ってことだな。

       

      東京にこのままいてもいい。

      友人もたくさんいるし、病院からも近い。

      一番良い選択肢であるのは確かだ。

       

      海外であれば、台湾が筆頭だな。

      ただ、やはり言語をある程度以上に習得せねば。

      目標は病院での検査が受けられる…では足りない。台湾であれば、どこかのボランティア、あるいは道教寺院の奉仕活動に参加したい。そこでいろいろと対応できるくらいの語学力が必要だ。本音を言えば、大学の語学センターで半年以上通って学びたいところであるが、高齢者が入学できるところがないのが痛いな。

       

      法律上、我輩個人、一番簡単な海外はアメリカだが、NYCに帰りたいとは思わない。

      狂ったリベラルの巣窟と化しているというのもあるが、賃貸料がハンパない。かと言って、NY州に拘る理由はないのだが、我輩自身、当然のことながら全州知らないのだ。

      逆に近寄りたくないのはCAとハワイ。前者はもはや日系人の住む場所ではなく、後者はNYCと同じくらいに生活費が高すぎる。

      一度、レンタカーをして気になる州を回ってみるか…バーモント州やテキサス州は以前から行ってみたいと思ってた。

       

       

       

      エクセルでこっそり、逆算のリストを作って、会社でポチポチ弄る。まあ、こんな過ごし方も悪くはない。

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      外国では台湾だけではないのか

      2018.06.10 Sunday 19:56
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        JUGEMテーマ:台湾

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        掃除をしてたら、これが出てきた。

        昨年、台北桃園空港でのある出来事の思い出。

        これはいわゆる、紛失物に取り付ける札。

        昨年、台湾旅行の際に、親友に日本酒(「国士無双」の高級な)を贈り物にと、持って行ったのだが、うっかり空港の中で紛失。

        帰国日、早めに空港まで99%の諦めの気持ちで紛失物係のところまで相談に行ったら…

         

         

        あった

         

         

        外国では絶対ありえないことだ。

        日本酒が広く知られ、うっかり袋の中にレシートが貼り付けられてたのが、そのまま届けられていた。

        台湾人が日本酒を知らないから?

        愛飲しているぞ。アルコール度数は高いが、スーパーに行けば普通台湾産、日本産の日本酒が売られてる。

        それ相応のものは、別のガラスケースで販売している。

         

        さりげない良心で届けられたものと、我輩は普通に解釈している。

        応対してくれた係の人も、満面の笑みで見つかったことを共に喜んでくれた。

        埼京線でのネコババ窃盗が当たり前の日本で、台湾の空港で経験したこと。

        だから我輩は台湾が好きなのだ。

        どんなことがあっても、味方したい国なのだ。

         

        受け取り、空港内の宅急便で親友宅まで送付した。今度はもっと時間をかけて、台湾を巡りたい。

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        Ik Onkar

        2018.05.27 Sunday 00:09
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          JUGEMテーマ:宗教

           

           

          ---シーク教とは何でしょうか。

           

          あなたを含めて、あらゆる人があらゆる宗教を信仰しておりますが、それとまったく同じです。

           

          良いことをしなさい。悪いことをしてはなりません。

          社会のため、人のために自分ができる範囲の中で正義のために動き、

          正業について社会の中でしっかり働き、日々生活するための稼ぎを得、

          友人や家族を大切にし、上に立つ人を尊敬し、自分の部下を正しく導き、

          穏やかに日々を過ごし、しっかり正しく生きること、それはシーク教に限らず、

          あらゆる宗教、宗派、神や仏が我々人間に願っていることです。

           

          その誕生した時期や環境によって、その教え方、伝え方がだけが違っているだけです。

          ただただ、人は如何に正しく、平和にしっかりと生きるべきか、すべての宗教の最終目的はすべて同じです。

          シーク教も同じなのです。

           

           

           

          ---シーク教の祈りとは何でしょうか。

          Ik Onkar.

          神は一つなり。

          10人のグルがそれを伝えてきました。

          グルの言葉に耳を傾け、グルの言葉の中で瞑想をし、ただ一つの神を感じ、その愛を感じ、個人と社会において自分が正しくしっかりと生きていることを考え、反省し、道を見出し、いつもの生活に戻って再び人生をしっかり歩むことを祈ります。

           

          我々はいかなる苦行も特別な祈り方もしません。

          しっかり生きることが、祈る以前に必要な事です。

           

          朝起きて美味しい朝食が出てくることに対して家族に感謝する。

          支度をして仕事に出かける。

          困難があれば、それを如何に解決するのか真剣に考え行動する。

          無事にクリアすればうれしいし、失敗したらその原因を考えるようにする。

          仕事を終えて、クタクタだったらそのまま家に帰る。

          家族と一緒に食事をして、今日一日の出来事を和気あいあいと話す。

          シャワーを浴びて綺麗な寝間着に着替える。

          ベッドに入り、寝入りばなに

           

          「神様、今日も一日ありがとうございます。明日もがんばります」

           

          これがシーク教における根本の祈りです。

          難しいことは一切ありません。

          思い出した時に、この寺院(グルドワーラー)に来れば良いだけです。

           

           

           

          ---シーク教には特別な祈り方も苦行もないようですが、他とは違う点はありますでしょうか。

           

          空腹だと祈りもままなりません。

          一階に食堂があり、朝昼晩、いつでも無料でベジタリアンの食事を誰でも召し上がることができます。

          シーク教はどのような肉でも食べられますが、祈りの場にはヒンズー教徒や仏教徒、イスラーム教徒もお越しになりますので、誰もが食べられるようにしています。

           

          イスラームではラマダーンがあります。

          他に飢えているイスラム教徒と同じように苦しむための義務ですが、我々からしますと少しおかしな話です。

          飢えている人がいたら、一緒に苦しむべきではありません。

          まずその飢えている人にたくさん食べさせられるように動くのが、シーク教の基本なのです。

           

          実は祈りと瞑想をせず、食堂で食事をしてさっさと帰る信者が多数おります。

          少しでも良いから食後に祈りの場でグルの言葉を聴いてほしいものであるが、それを責めることは一切ありません。

          腹を空かせている人を助けることの行為そのものが、祈りでありますから。

           

           

           

          ---なぜ、髪の毛や髭を剃らないのですか?

           

          神様から与えられた身体であることを、実感するためです。

          髪の毛は伸ばしっぱなしですが、ほとんどの人はある程度の長さになるとそれ以上伸びないでしょう?

          髭もある程度の長さになると、それ以上大仰なものにはなりません。

          一人一人違う…それを認識し、お互いを認め合い、神から与えられたこの身体そのものが、神の栄光そのものであるということを知るために、我々は頭より上には一切の刃物をあてないようにしております。

           

          では頭より下はどうなのか…と思われるでしょう。

          例えば爪。

          ヒンズー教の修行僧の一部は、爪を伸ばしっぱなしにして、それを修行の一つだと主張しておりますが、社会を良くする行為とは一切無関係である、果たして神の求められていることなのでしょうか。

          特殊な祈りや派手なパフォーマンスをして、「お布施」だと主張して信者から金を受け取る行為は、神の求める行為とはとても言えません。

          我々は働くために、爪を切らなければなりません。

          肉体労働者も、事務職の人も、医者も弁護士もSEも、誰もが社会の中でしっかりと生きる、働くために、神から与えられた一部の部位についてそれを直す必要に迫られます。

          神から与えられた身体であることに感謝し、社会のために働くことに感謝するために爪などを直すのは、正しくしっかり生きるために必要なことであり、ここにバランスを取っています。

           

           

           

          ---誰でもシーク教徒になれるのでしょうか。

           

          あなたがグルの教えに共感し、グルの教えを通して神を信じ、シークの道を歩まれると決意されるのであれば、我々はあなたをあらゆる形で支えていきます。

          逆にシーク教徒にはとてもなれないのであれば、それで良いのです。

          またシーク教徒になっても、やはりついていくのが難しい、離教すると仰るならば、引き留めることは致しません。

          最初に申しましたが、すべての宗教は同じ一つの神、そして共通してあるのは、如何に正しくしっかりと生きるか、それが求められているから、どの宗教を信じていようと、同じ兄弟であり、同じ家族なのです。

          だから悲しむということもないし、怒ることもありませんし、残念に思うこともないのです。

          ただただ求めるのは、人間としてちゃんと生きているのか、それだけが重要です。

           

          逆に我々が一番軽蔑するのは、

          「うちの宗教だけが救いで、他は間違っている、おまえは地獄に落ちる」

          「違う宗教だからおまえを迫害しても良い、殺しても良い」

          と主張し、他の恐怖に陥れ、脅迫し、洗脳し、認めようとせず、破壊し、財産や地位を奪う過激な集団です。

          そういう過激な連中は、とても人間らしい生き方をしているとは言えません。

           

           

           

          ---神はどこにいるのでしょうか。そしてどうやって祈るのでしょうか。

           

          あなたと私がこうして話をしているということに、神の存在を否定することはできるでしょうか。

          こうしてあなたを会えたことが、神、グルの恵みです。

          上の祈りの場で、巨大な本が開かれ、音楽が流れていました。

          あなた自身、一緒に礼拝し、瞑想しましたが、シーク教徒ではないのにそれをしっかりやっていただけたことに、神、グルの恵みに感謝せずにはいられません。

           

          あらゆる生活、一瞬一瞬において、我々は神の中に生きているのです。

           

          開祖のグルから10代目、お隠れになる際に、

          「予の亡き後、代々のグルの言葉のみを聴け」

          として、言葉を編纂し、聖典としました。

          聖典にあるグルの言葉を通して、瞑想し、心の中にある傲慢や欲望、執着などから離れることを祈ります。

          グルと申しましたが、我々人間にとって究極のグルは神(サドグル)なのです。

          聖典を通して、あらゆるグルの言葉を通して、我々はサドグルを仰ぐのです。

          仰ぎ祈ることで、恩寵を得ますが、祈ること以上に大切なことは、しっかりと正しく生きること、そのこと自体が、神に対する最大の祈りなのです。

           

           

           

          日本でシーク教のグルドワーラーは一か所しか存在しない。

          シンガポールやマレーシアには多くのグルドワーラーがあり、以前から気になってたことが多く、この日記では書ききれない多くのことを訊いた。

          そして、熱心に教えてくださった、クハルサ・ダールマク・サブハ・グルドワーラーの責任者、サトワント・シン様にこの場を借りて、深く深く感謝を申し上げたい。

          気付けば4時間近く、シーク教に限らず、あらゆる宗教についての比較、信仰の形、死について、その他多くのことでお話できたことに、シーク教徒ではないが、「グル」への感謝を捧げたい。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          シンガポールが好きになった理由は、こういうところにもあるんだな。

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          会社で着てやろうか

          2018.05.21 Monday 00:58
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            JUGEMテーマ:旅行

             

            シンガポールは想定していた以上に、居心地の良い国であった。

            どんな人であっても、英語が確実に(シングリッシュであっても)使えるというのが、我輩にとって贔屓にする要素となってる。

            住むとなると、ちょっと躊躇するところはあるが、その一方で、ある区域について奇妙な親近感を抱かせるものがあった。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            インド人街だ。

            金子光晴翁の本では

             

            かれらを一口にヒンヅーというが、タミールもあればベンガルもある。宗門も違い、種族も、言葉も異り(ママ)、仇敵のようににらみあう。

             

            ああ、翁はインド人特有のあの不可解な「睨み」に巻き込まれた一人だったんだろうな。

            我がオタ母もまた、ある日そんなことを我輩に呟いてた。

            中野駅近くに気になってるインド料理屋があり、いつかは入ろうとしてたが、店内から店長らしきインド人がじぃっとこちらの様子を見てて、恐れおののいて入らなかったそうだ。

             

             

             

            「睨んでるわけじゃないんだけどね…」

             

            KLのある南インド料理の安食堂で、店長らしき人と話す機会が以前あった。

            睨んでるように見えるが、半分警戒、半分商売、あとは顔つきの所為だと笑ってた。

            なるほど、治安の悪い地域において、相手が果たして客であるのか否かを見極めなければならないし、客であればベジタリアンかどうかも、入ってくるなり客席へと案内しなければならない。その安食堂でさえも、ベジタリアン、ノンベジタリアンの客席は違っていたし、厨房も別々だった。ノンベジだと更に、ハラルに則ったものじゃなければならない。

            大変じゃないか、と尋ねたが、

             

            「昔からそうだったから」

             

            と返してくれた。

            独特のほりの深い顔と浅黒い肌色から、余計に目玉の白さが際立ち、そこに奇妙な恐怖心、子供が獅子舞の獅子や、秋田のなまはげへの恐れにも似たようなものが呼び起されるものだから、オタ母に限らず、このような感情を抱く日本人が多いかもしれない。

             

            だが話をしたりすると、「いいやつら」ばかりなのだ。

            こちらも日本人であると分かると(正確にはちょっと違うが)、安堵した顔でこちらを迎え入れてくれる。

            ほほ笑んで何かを注文したり、話をしたりすると、宗派や民族問わず、同じように会話をして時間をしばし共有することとなる。

            やや過度なスキンシップはあったりする。

            別の安食堂で食事をした後、インド系のグループと何故か話をすることになり、足を我輩の腿の上にドカっと投げ出してきた時にはびっくりしたが、あれは彼らなりの親密さを表すジェスチャーだった。

            これは別の日において書きたいが、ペナンに行った際に、甚兵衛を着て街中へと出て、コピティアムでロティチャナイを食べてる最中に、隣のテーブルで食事をしてたインド系マレーシア人の家族が我輩のところに来て、どんな生地なの、ちょっと触らせて…とお願いされた(無論、喜んで触らせ、いろいろと説明した。写真、撮ればよかったな)。

             

            ある傾向が少し感じられた。

            自分と「同じ」であるか否かが、彼らのコミュニケーションの中にあるようだ。

            はて、我輩は「同じ」だと思われたのだろうか。

            そこまで我輩はうぬぼれていない。

            が、このインド人街の居心地の良さはなんだろうか…4日間の滞在で、2回も来てしまった。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            そのためか、一番大きいマーケットの中のフードコートのおっちゃん達から顔を覚えられてしまった。

            まあ、それはそれで楽しいけどな。

             

            で、このマーケットの2階へ行くと…

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            インド衣装の大マーケット。

            殆どが女性向けだけど、男性向けのもある。

            そういえば、大航海時代、商人たちはインドで「パージャマ」を買い付け、欧州に持ち帰り、室内着寝間着としての「パジャマ」として売りさばいたそうな(それ以前は全裸)。

            そういう昔ながらのパージャマ用の生地を売る店、裁縫する店も奥にある。

            KLのインド人街にもあるが、ここで作るという手もあるんだな。

             

            で、そんな中、思わず購入したものがある。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            「モディクルタ」。

            クルタという民族衣装があるが、現在のインド首相、ナレンドラ・モディ氏が袖なしのクルタをオーダーメイドし、着るようになってから、広く知られるようになった。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            この写真が一番かな。

            そうそう、安倍首相も着てたっけ。

            以前、ニュースで見て、

             

            あ、かっこいいな。

             

            と思ってた。

            流石にパージャマのズボンははけられないとしても、会社にも着ていけるようなデザインだ(少なくとも、規則に反した要素はない)。

            ワイシャツの上から羽織れば、それ相応の恰好になる。

            ただ、やや厚みのある生地だ…真夏に着るのは厳しい。

             

            値段を訊くと、一着60シンガポールドル。

            二着買うからまとめて100シンガポールドルにできるか、と訊くとOK。

            しまった、もっと値切れば良かった。ボッタクリというのではないが、時間をかけて値切ればと悔やまれる。

            いつぞやのマラッカの土産屋のあんちゃんの事を思い出した。

             

            「日本人はこちらの言い値で買うものだから、逆に売る側が少しまけてやらないとかわいそうで」

             

            というあの店員、元気かな。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            ええい、逆ピースサインを作りやがってw

            まあ、これもまた、良い旅の思い出だ。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            で、またあのおっちゃんの店で同じ食事。手で食べるから美味い。

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            同じものだったんだろうか

            2018.05.18 Friday 21:21
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              JUGEMテーマ:旅行

              JUGEMテーマ:グルメ

               

               

              南洋の部落のどこのはずれへいってもみうける支那人の珈琲店がこの川岸の軒廊のはずれにもあった。

              その店に座って私は、毎朝、芭蕉(ビーサン、バナナのこと)二本と、ざらめ砂糖と牛酪(バタ、バターのこと)をぬったロッテ(麺ぼう、マレー語でパンのこと、おそらくロティか?)一片、珈琲一杯の簡単な朝の食事をとることに決めていた。

               

              金子光晴著「マレー蘭印紀行」内『バトパハ』の中の『霧のプアサ』より

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              翁が食してた「ざらめ砂糖と牛酪をぬったロッテ」はこれだったのだろうか。

              いや違う。

              これは日本の中でも知られ始めた、カヤジャムのトーストだ。

              シンガポールのホーカーズやチェーン店、ペナンやKLの「支那人の」コピティアムではお馴染みのメニューだ。

              バナナは置かれていないところがほとんどであるが、ペナンであれば、早朝のあちらこちらに八百屋の屋台があり、そこで買ってこれらの店に持ち込んでも怒られることはない(ただし、何か注文するのが前提で無論あるが)。

               

              珈琲も日本で知られてるものとは似ても似つかないものとなってる。

              これも知られてるが、コピと特別に呼ばれる。

              濃く煮だしたどろどろの珈琲に、たっぷりの練乳や砂糖を入れて飲むというもので、普段からブラックで飲む我輩にとってはやや「下品」に思える飲み物であった。

              だが、南方の暑さは、体力を徐々に消耗していく。

              この甘いカロリーの塊を溶かしたかのような飲み物は、行く先々で必ず注文していた。

               

               

              シンガポールの団地群の下には、必ずと言ってよいほど、雑多な屋台が集まったホーカーズと呼ばれるオープンエアの食堂街があり、どこへいっても必ず支那人が珈琲とカヤトーストを売る店があった。

              そんなホーカーズへ行き、我輩は、毎朝、カヤトーストと半熟卵二個、コピ一杯の簡単な朝の食事をとることに決めていた。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              ほんと、毎朝食ってたね

               

              粘つく暑さで、朝のこのセットは体力を支えてくれてた。

              今の若いマレーシア人やシンガポール人は食べないそうだ。

              確かにコピティアムにしてもホーカーズにしても、このセットを食べて、友人たちと談義してるのは高齢者がほとんどだ。

              シンガポールのホーカーズでそんな引退した華僑たちにつかまり、日本の株は買い時かとかいろいろと訊いてきたが、我輩が彼らと全く同じものを食べ、同じものを飲んでたから、向こうも気安さを感じられたのかもしれない。

               

              半熟卵に醤油を少したらし(マレーシアは薄口、シンガポールのは中華街でよく見かけるねっとりした甘く濃いやつ)かき混ぜたものに、カヤトーストをつけて食べると、日本にはないが、日本人の味覚のソレと似た懐かしい風味があって、なかなか美味い。

              欧米の旅行者は、これを気味悪がってか、これを食しているのを見かけなかった。

              ちなみに残った半熟卵をどうするのかと言えば、皿ごと持ち上げて、ズルズルと飲み干す。

              どうもこれもまた気味悪がられるようだが、若い世代の間でも「おじいちゃんの食べ方」として敬遠されてるとも聞く。

              我輩は堂々と啜ったが。

               

               

               

              他に多くの美食があったのは確かであるが、どうにもこのセットは忘れられないものだ。

              台湾の青草茶、豆花。

              アメリカ南部のグリッツ。

              それと似たものがある。

              それだけのために、また行きたくなるというものだ。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              ちなみに、ここが我輩イチオシの店。Old Airport Road Food Centreの中にあるToast Hut。ああ…また旅の虫ががが…。

              馬來西亞南遊記 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

              天命判らんっての

              2018.05.17 Thursday 16:09
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                四十而不惑、五十而知天命

                 

                惑いっぱなしの8年間が終わり、

                天命を知らなければならないはずの年齢まで1年リーチ。

                いやはや、年齢を無駄に食ってしまったものだ。

                今にして思えば、最後に勤めたゲーム会社で倒れ、そのまま死んでおけば、労災認定確実だったんだろうけど、

                あのハゲ社長だと逃げまくるだろうな…まあ、これはいずれか話しておくか。

                 

                 

                 

                正直な話、今の会社には感謝しているが、仕事については不満しかない。

                せめて定年退職するまで存続していろと思っているが、最近の営業収益がなんとも怪しい。

                上場企業だから、丸見えなんだよねえ。

                 

                その一方で、好きな時に好きなように有休が取れるというのはありがたい。

                だからこないだのように、那覇からシンガポール、ペナン、KLまでプチ貧乏旅行ができた。

                会社に対する不満も、こういう旅を通して、

                 

                「人間、一人であれば、どうにでも生きられるなあ」

                 

                という気分にさせてくれる。だから旅は辞められない。

                何よりもシンガポールがあんなに居心地の良い場所だとは思わなかった。

                ただ住みたいとは思えないが。

                 

                 

                 

                ゲーム業界に戻らないのかということを、時々訊かれる。

                正直言って、もう無理だ。

                心臓病のこともあるが、命が惜しいということではなく、制作途上で絶対死ぬというのが明確だから。迷惑はかけたくない。

                いや、それ以前に、お金出す側と確実に、文字通りの殴り合いをしてしまうのが見えてる。

                あえてそんな修羅場に戻ることもなかろう。

                ただ、以前、インフルエンザが治った際、現役だった頃の企画書を整理して、同人誌で出そうという考えは変わっていない。

                何年語になるかわからん。

                いや、それ以前に、何巻になるのか、想像できん。

                こないだ倉庫を整理してたら、ダンボール箱14個分の企画書が出てきて、軽いめまいを覚えたよ。w

                 

                 

                 

                これからどうするかって?

                そうだな…老後を心がけるようにするか。

                 

                結婚できないし、相手も皆無、孤独死決定だから自分自身の現世での後始末準備について、もう少しピッチを上げるようにしよう。

                 

                副業もなんか考えるか。

                定年後の再雇用制度があるけど、給与がガタガタと減るのが気に食わない。

                今のうちに現実的な何かをするか。

                英語を教えるとかであれば、自信があるぞ(あ、受験英語は無理かもしれん)。

                大型特殊の免許を取ったから、工事用の機材を動かす技能免許について、前倒しで取るのもよいかもしれん。

                絶対戦争になるから、個人でできる範囲のことを、今から準備するのも悪くない。

                 

                コミケはできる限り、サークル参加するようにしよう。去年の冬は、心臓の調子が芳しくなく欠席したのが少し悔やまれる。普段会えない知人友人らと顔を合わせることが楽しい。あと、もうちょっとだけ、本が売れたらうれしいのだが、これは贅沢かw

                 

                ツィッターでチラっと呟いたが、寒くなったら「雪風(ホンダフィット)」を出し、小旅行…景色の良い所を見つけたら、コーヒーを淹れてのんびりしたい。「ゆるキャン」の影響じゃないぞ。掃除したら、パーコレーターが出てきただけの話でな。

                 

                旅行はコンスタントに行きたいものだ。

                台湾は我輩にとり、半分故郷のような所。年に一回、シーズンを少しずらして行くことにしよう。

                あと毎年は難しいかもしれないが、石垣島、あと花巻まで遊びに行くという手も。

                 

                三線を少しブラシアップするかな。

                あ、ピアノもまた弾きはじめるのも悪くない。

                あれ?マンドリンの話はどうなったっけw

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                地球の片隅で、変わりない日々を過ごそう。

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                那覇⇒シンガポール⇒ペナン⇒KL

                2018.05.13 Sunday 09:53
                0

                   

                  長らくこのブログを更新してなかった。

                  ツィッターでグダグダウダウダと何か喚いてたから生存確認はできてるんだろうけど、タイトルにあるように、こんな感じの旅行をしてた。

                   

                  シンガポールには直接行かずに、那覇経由した理由は、ジェットスターが安かったから。

                  GW一日前であったことから、那覇へはマイレージが使えたから。

                  シンガポールが思ってた以上に過ごしやすい国だった。

                  とゆーか、意外なほどに多くのシンガポール人の知人友人ができた。

                  大昔、国際都市だったペナンの残り香が今でも街中に漂ってた。

                  KLのインフラが大幅に改善されて逆に混乱した。

                   

                  色々と思い出深いことの多い旅行であった。

                  正直、行ってよかった。

                  特にシンガポールは、食べる所と寝起きする宿に気をつければ、そして一定以上の英語が使えるのであれば、意外なほど住み心地が良い。何よりも民族を問わず、懸命に自国を教えたいという彼らの気持ちを汲めば、面白いくらいのウェルカムを受けられる。

                   

                   

                   

                  少しずつだけど、ちらほらをブログで何があったのか、時系列を無視して色々と書いていきたい。

                  今回は、全体の中で気づいたことをいくつか。

                   

                   

                   

                  タブレット最強。

                  これは以前のブログで書いたが、もはやPCは不要だ。

                  8インチサイズで、音声会話も(完璧ではないが)できるSIMフリータブレットが一つあれば、旅行の半分は成功したも同然だ。

                  LCCの中で、時間を持て余すことがない。

                  GWだからだろうか、LCCに乗り慣れていない人たちが多く、降りた際に『退屈だった』とか漏らしてたのを聞いた。隣の席の人は我輩が動画を観てるを真似しようとスマホでABEMAを観ようとしてたが、できるわけがない。中には10インチのiPadで漫画を読んでた人がいたが、あれを街中で振り回す(?)のはリスキーだ。8インチ前後が完璧だ。

                  バッテリーがスマホより持つのが大きいメリットだ。

                  グーグルマップも見やすい。

                  今回初めて使ったGRABやUberで、数回ほど運転手から電話があった。タブレットに向かって大声で話す構図はやや滑稽であるが、音声に問題はなく、有効だ。

                  折り畳みのキーボードがあれば、最低限の打ち込みができる(旅行中に会社からの仕事を数点、これで済ますことができた)。

                   

                  本当は絵を描けるくらいの繊細さがあれば…とは思う。

                  iPadプロや最新のSurfaceはそれができるが、前者は高いしSDカードが使えない、何よりも我輩はアップル社が嫌いだ(コナミ時代のトラウマが残ってるせいかもしれんがw)。後者は悪い選択肢ではないとは思ったが、値段が高く、しかも800グラム弱という重さがネックだ。

                   

                  ASUSのタブレットは、完璧だ。

                   

                   

                   

                  今回、やや試験的な感じで、初めてプリベートクレジットカードを使用した。

                  過去に数か国、プチ貧乏旅行をした際に、両替の面倒くささと手数料のバカらしさに痛感した身として、以前から知ってたいくつかのこのカードサービスを利用してみた。

                   

                  結構使えた。

                   

                  旅行前に、節約したお金を少しずつカード口座に入れておく。預けておくというこの行動が、高揚感を掻き立ててくれる。

                  両替商に並ばず、適当なATMから簡単に引き下ろせる。我輩の場合、空港である銀行のATMで無事に初めて引き下ろせたら、できる限り街中のその銀行のATMを使うようにしてた。

                  レートはそう悪くはない(手数料については、やはり少額だと損する)。

                  クレジットカードの機能もあるから、そのまま買い物できる(預けた金額以上は使えないので、スキミング被害を前もって避けることができるのが大きい。一度、やられそうになったことがあるからな…)。

                  預けるだけでなく、残高、クレジットカードで使った際の金額、瞬時にメールで連絡してくれる(これは本当に便利だった)。

                   

                  ただし不便な点もいくつかあった。

                   

                  ICチップのないカードであるため、VISAであっても、取り扱えない店が多々あった。差し込んでPINを押すのが主流の中で、確かに手書きサインを求めるのは、やや古臭いものがある。

                   

                  日本円しか入金できない。まあでも、これは性質上仕方がない。

                  問題はカードの向き(説明書きをきちんと読まなかった我輩が間違ってるかもしれんが)。

                  我輩の使ったカードでは、カードの向きによって「国内入金」と「クレジットカード機能、現地引き出し」が違ってくる。

                  那覇で入金した際にATMが受け付けず、カード会社に問い合わせると『向きが違うぞ、愚か者』との回答があってな…まあ、やはり我輩が悪いのか。

                   

                  VISAカードだと明記されていても、独特のデザインで、店によって「?」の顔をされた。

                  奇をてらわず、ある程度無難なデザインを選ぶようにしよう。

                   

                   

                   

                  UberやGRABは積極的に使おう。

                  帰国後に使った金額を整理したら、驚いたね…一番長く乗ったのが、ペナンで20分ほど(確か、名物の「蛇寺」までだったか)。それでも1000円超えてなかった。

                  今回のこのサービスで、恒例の「KLのど真ん中で、何故かジャングル遭難する」ということもなかった。

                  そ、KLを散策すると、ほぼ毎回、「ジャングル」に迷いこみ、遭難しそうになる。

                  理由は、KLの独特な道路事情…目と鼻の先の建物であっても、横断歩道などなく、迂回した先に歩道が消え、グーグルマップのままに先へ進むと(ry

                  だが、このサービスのおかげで、それがなくなった。

                  現在地のおおよその場所が明示され、行きたい場所も運転手に言葉で伝える必要がない。

                  一点注意はGRAB…支払い方法について、時々デフォルトで「現金払い」になってしまうことがあるから、依頼する際に「クレジット払い」になってるか、アプリ上でチェックする必要がある。

                  いずれにしても、今回の旅行でこのサービスがあったから、疲れがひどく残っていない。

                  会話すれば、その国の意外なところを知ることもできたりする。シンガポールでの生活、マレーシアの選挙…。

                   

                   

                   

                  LCC利用は止められない。

                  下川翁は『安いから仕方なしに』と書かれているが、我輩は慣れもある所為か、LCCのほうにすっかり慣れてしまった。

                  おかしな言い方だが、「お金で解決」できるドライさが、逆に合っているからかもしれない。

                   

                  帰りはいつものエアアジア(KL~羽田)だったが、本や土産などで荷物が増えてしまい、KLCC内のショップでソフトキャリーケースを一つ購入し、そこに色々と詰め込んだ。

                  同社は一個換算ではなく、預入荷物の個数問わず合計での重量で、金額を算出するシステム。

                  20キロはデフォルトであるが、当然それでは間に合わない。

                  FEDEX等の事務所は、宿泊してたホテルの近くにあったが、平気で2万円以上の送料を要求してくる。

                   

                  海外旅行で持ち歩いてる計りで二個分の重さを調べる。

                  合計、ぎりぎり40キロ。

                  タブレットでエアアジアのアプリを起動し、機内預入20キロ分追加。

                  後日、クレジットカードの請求金額を見ると、4000円もしない。

                  これで合わせて、国内旅行で気軽に使えるキャリーケースを新たな自分用「土産」として追加できた。

                   

                  機内でのどが渇き、水やジュースとかを注文した。

                  ところが何故か、リンギットを空港で使い果たした(カヤジャムを買うのを忘れ、免税店で一瓶20リンギットのを二瓶と、コピを一杯)。

                  30リンギットからしか、クレジットカードが使えない。

                  どうしたかって?

                  30リンギット分のミネラルウォーターやらジュースやらコーヒーやらを注文。折り畳みテーブルの上がちょっと賑やかになった。周囲の視線がちょっと痛かったけど、エコノミークラス症候群になりやすい我輩の身体から、これしか選択肢がないんだよ。

                  でもこのおかげで、随分と楽に帰国の途につくことができた。

                  レガシーキャリアなら水を一杯くらいタダで持ってくるだろう。

                  だが、「金を払った我輩の勝利」という感じにさせてくれるLCCのほうに気安さがある。

                   

                   

                   

                  んじゃあ、少しずつ書いていくかね。

                  馬來西亞南遊記 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                  (前回の日記の続き)あんなんじゃないそうで

                  2018.04.22 Sunday 16:55
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                    JUGEMテーマ:旅行

                     

                    前回の日記で、「まさか100年弱前、詩人の金子光晴翁が『マレー蘭印紀行』で記した社交場が残ってる??」って、興奮してたけど、あの後調べたり、知人に訊いたりしたところ、全然関係ないとのことだった。

                     

                    そもそも、「ルナパーク式」とは今で言うところの遊園地。Wikiにもあった。

                    一番有名にして古いのが、NYCのコニーアイランド。

                    日本で一番雰囲気を残してる場所があるとすれば、疑うことなく、浅草の花やしき、昔あったという大阪新世界ルナパーク

                    「別世界」「新天地」をイメージした建物を中心に、娯楽の乗り物、見世物小屋、屋台などが所狭しと並ぶ、今で言えばテーマパークのようなものらしい。

                    なものだから、あのカラオケキャバクラはただ単に名前を「新天地」としているだけで、全く関係ないのでは?…とのこと。

                    確かに「新天地」は東南アジアでの華人系の店のあちらこちらで見られる。

                    あるいは場所の近くに遊園地の「新天地」があったから、それをとっただけとも思えるし、そうではないかもしれない。

                     

                    現地まで行って、調べる?

                    以前にも書いたけど、我輩、キャバクラとか大嫌いなんだよ…

                    美味しい酒はたまらなく好きだが、糞安酒でなんでキャバクラ嬢に金を出さないといけんのだ?はっきり言うが、我輩が一番軽蔑する世界だ。

                     

                    ただ、金子翁の旅行記を読むと、アルバート街(これはしっかりと地名が残っている)からジャラン・ブッサル(今のJIN BESAR)にかけての記述がおもしろい。

                    どうやらこの界隈全体が、「新世界」ルナパークの一大遊園地があった場所らしい。

                    そのカオスっぷりな見世物は、翁らしい表現で少し嫌味を加えつつ、日本人なら好奇心に従うまま覗くと楽しいぞ…のようにある。

                    無論、グーグルマップで界隈を覗いても、その光景はどこにも見られない。

                    ただ、翁は実際、ここらへんを歩いてたのは確かだ。

                     

                    地球の歩き方を買わなくなってから、どのくらい経っただろうか。

                    グーグルやSNSのおかげで、必要なくなったのは確かである。

                    代わりに下川裕治翁の旅行記や、ぐんにょり亭の同人誌(傑作なんよw)を読んでたりする。

                    これらは最近のものであるし、良かった点、酷い目にあった点とかが大変参考になる。

                    だがここはあえて、金子翁のこの薄い本だけ持って行くというのはどうだろうか。

                     

                     

                     

                    骨董屋もあるのだろか…当時の何かがあれば、お土産に一つ買いたいところだ。

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                    「ルナパーク式」ってなんだ?

                    2018.04.07 Saturday 23:19
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                      JUGEMテーマ:旅行

                       

                      シンガポールには何度も行ったことがあるが、入国したことは一度もない。

                      正確に書けば、トランジットで立ち寄り、食事や買い物を空港内であまりすることなく、その数時間後に機上の人になるという展開しかなかった。

                      シンガポール航空は好きなエアラインであるが、シンガポールに対する個人的なイメージは、正直な話、良いものがない。

                      まず物価が東京か、東京以上であるという話からして、入国をためらってきた。

                      インターネットの宿泊サイトを見渡しても、都内一等地に建つチェーンのビジネスホテルより高いのが並んでいると、プチ貧乏旅行を信条とする我輩からしたら、入国印を押してもらうには躊躇するものがある。

                      食事については悩むことはないのは、華人の国であるという点では流石である。24時間の店も多く存在しているという話を、知人のシンガポール人からよく聞かされた。ただ場所によっては、ナチュラルに夜の蝶がたむろしているから注意しておけ、病気になるという警告はどうなんだろうか。

                      「暑い国の北朝鮮」とよく言われている。

                      政権批判をしたユーチューバーが逮捕されそうになったことから亡命したというニュースを知ってるが、つくづく日本は平和にして自由な国であることよ。まあ、アベガーの連中が日本人であるかやさておきだが。

                      ただ個人的には、建国の父とされている故リークアンユー首相は、そうせざると得なかったとも思えたりするところもある。

                      華人であるが故に、華人の問題点が嫌というくらいに理解してた。

                      公共意識が皆無であるならば、厳罰主義を通して問題行動を起こさせないという手法でしか、あの狭い国を運営することはできなかったであろう。

                      マラヤ連邦を逆支配する野望をマレーシア側から見破られ追放されての”不本意”な独立であったろうが、ある種の単一民族国家(他民族だと謳っているが、いや、どう見てもそうとは思えない。逆にそれが成功した理由でもあるが)としての、自然なイデオロギーがこの国を強いものにしたと言えよう。

                       

                      まあ、それでもやはり、我輩からするとどうしても、入るというきっかけがつかめない国ではあった。

                       

                       

                      久々にこの本を手に取り、金子翁がシンガポールについて述べる章を読み直してた。

                      「新世界」のところに、こんなくだりがある…

                       

                       シンガポールの支那街繁華街、ジャラン・プッサルの大通りにルナ・パーク式民衆娯楽場がある。「新世界」と名づける。

                       

                      なんとなく気になる。

                      ジャラン・プッサル?

                      ジャランとはマレー語の「大通り」、プッサル大通りということになるのだが、今でもそんな通りの名前があるのかな。

                      グーグルマップでそれとなしに検索をかけると、「JIN BESAR」という通りが現れた。

                      ふむ、となると、意外とその「新世界」に関係する記念碑とかあるんじゃないかな?

                      検索すると…

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      ( ゚ェ゚)・;'.、ゴフッ

                       

                       

                      まさかコレ?

                       

                       

                      いやいやいやいや、これが書かれたのは1940年頃。

                      80年前の「新世界」が残されているって、ありえんでしょ?

                      その前に、「ルナパーク式」って、なんじゃらほい?

                      こんな感じが、当時としては最新の「ルナパーク式」だったというのか?

                      ええええ????

                       

                      台湾で昔の建物をリノベして、喫茶店などを経営するというのが人気となっているが、

                      もしかしたらそれと同じことなのかもしれんのか。

                      ただ、どう見てもこれは、キャバレーの一種。

                      周囲のマップを見ると、寂れている感じこそするが、いわゆる華人メインの繁華街という感じだ(近くに「銀座」という店があるのには笑ったが)。

                       

                       

                       

                      もう一つ、「タンジョン・カトン」の章にはこんなくだりが…

                       

                       タンジョン・カトン(タンジョンは崎、カトンは亀、亀ヶ崎とでも呼ぶのだろう。)の風景は、シンガポール名所絵葉書のおさだまりだ。椰子の葉越しの月、水上家屋、カノー、誰しもセンチメンタルになれる。恋愛部隊の書割のような風景である。

                       

                      シンガポールの名所と言えば、世界三大がっかりの一つであるマーライオンじゃなかったっけ?もっとも像ができたのは1972年頃だから、南洋の植民地の風情としては前述の場所が旅愁を、旅慣れた翁でさえもかきたてられたのであろう。

                      流石に水上家屋はないであろうが、グーグルマップを見ると、「カトンパーク」など、「亀」の名がついた場所がイーストコースト沿いのあちらこちらに存在している。

                      まだ地名に残っているということなんだ。

                       

                       

                       

                      そ。

                      シンガポールに行こうと考えている。

                      当時とは何一つ、似ている場所はない(「新世界」の一件についても、別物だと思っている)。

                      ただ翁のあとを慕うという気持ちがある。

                      本音をいえば、バトゥパハからそのままバスで…という望みもあるが、はてさて。

                       

                       

                       

                      まあ、それ以前に、カヤトーストが食べたいだけなんだけどね。マレーシアのも美味しいんだけど。w

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