松阪市は、このお菓子をもっと広めるべきだ

  • 2014.05.30 Friday
  • 22:56
JUGEMテーマ:グルメ

お伊勢参りの後、本居宣長先生の墓参りと、我輩を色んな形で勇気づけてくださるせりなさんへの御礼へと松阪市まで行き、松阪牛の旨さに悶えまくったことを日記に書いた。
二見浦から松阪にかけて、一年中蘇民将来の松飾を飾る風習に直接触れ、
本居先生直筆の「敷島の歌」を目の前にして興奮し、
御城番屋敷や旧小津家旧邸に歴史をはせ(てか、八重洲にあったあの店、小津家と関係してたんだ…)、
せりなさんと一緒に美味しい懐石弁当をいただいた。
お土産に買った地元のお茶の旨さよ…コーヒー豆はまだ挽いてなかったな、そろそろ淹れるかな。

そんな感じで帰った後、ド忘れしてたことが…

蒲生氏郷が織田信長を松阪まで招待した際、茶席で出した”赤い羊羹”…それを後に、三井高利が命名した”老伴”…

なんでこれを買うのを忘れたんだあああああああああああああ!
松阪へ行った一番の理由が、それだったんじゃないのか!!(マテコラオイ



と泣いておりましたところ、せりなさん…
















ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
もうねもうね…帰宅直後にゆうぱっくの配達員が来て、開けたらこれが出てきて、掃除したてで綺麗なった部屋の中をスキップして踊ったのだよ(マジでマジで。我輩、浮かれると年甲斐もなく、文字通り”小躍り”しちゃうんだよw)。



はぁはぁはぁはぁ…



甘いのが苦手…ではあるが、嫌いというのではない。
好きなお菓子があれば、毎日食べても良い。
ただ残念なことに、それ、台湾にしかないんだよな…ああ…愛しの豆花…。

日記に何度書いたが、国やその地域の文化を測るのに、お菓子に注目すべきだ。
お菓子は、衣食住が満たされて、文化文明を育てる土壌が豊かになって初めて充実したものとなる。
そりゃそうだ、飢えている最中に、飾り麗しい餅菓子なんぞ大量生産してたら、「米がなければ、饅頭を食べればよろしいのよ おほほほほ」ってな感じになるわな。
原形となる甘い食べ物があり、職人たちが自らの腕をふるってそれをより美味しくする工夫を重ねるのに必要なのは、文化を育てる余裕なのだ。
だから素晴らしいお菓子の多い国や地域は、文化に優れているのだ。



で、この”赤い羊羹”…ちらっと書いたように、蒲生氏郷に請われて松阪の城下町に移った柳屋が編み出したものだ。
織田信長は茶会による政治を重視、優れた配下に対して、茶を嗜むように指示していたと言われている。
蒲生氏郷も”認められた”重臣の一人で、伊勢に通じる要所の松阪を治め、街道を整備し、信長の進めた楽市楽座のシステムを取り入れ、城下町を発展させた。
松阪まで招待された信長は、実務的な氏郷の手腕を高く評価したと言われている。

城内で茶席が設けられた。
氏郷は、信長のあるこだわりを熟知してた。
そのこだわりに沿うように編み出されたと言われているのが、柳屋奉善の”赤い羊羹”であった。

信長は赤色を大層好んでいた。
安土城の中も、朱色を基調としていた。
大満足だったそうな。
















おおおおおおおお…
梅とかのピンクではなく、朱色…ではないな。
茜色に近いものがある。
最中の皮で手を汚すことなく、食べることができる。
最中の皮は、柳屋家宝の瓦模様からとっている。
羊羹が乾燥しないように、羊羹の上から薄い糖蜜をコーティングしている。
合理的な…そして、これほど観てて面白いお菓子は、あまり記憶にない。


その茶席から暫くして一般に売られるようになったが、瓦からの意匠であることから、「古瓦」と名付けられた。
江戸時代になり、茶人としても有名であった三井高利が白楽天の詩から「老伴」と名付け、今に至った。














はっぴばーすでぃとぅみー♪
 はっぴばーすでぃとぅみー♪



では、一口…



シャクヌ…




















 
あぴょーーーーーーーーー!


なにこれのうまさはなによなにこれおいおいおいおいこれって、最中のさっくり感じがいわゆる大量生産のそれではなく、丁寧に焼き上げたもので続く羊羹の甘すぎずくどさはなく、それが逆にコーティングされた糖蜜が重ね合って計算尽くしで甘さが口の中でブワっと広がり、程よい固さでの羊羹でありながら、羊羹とは違う複雑なかみごたえが楽しく咽喉に流すとすぅうううっと消えていくような感じだが胃の中で再構成され




 
これ、絶品!

松阪は牛肉もさることながら、これも日本全国に知らせるべきだってーの!



というわけで、せりなさん、本当にありがとうございます。
















他のも楽しませていただきますw

ぎゅ×5

  • 2014.05.29 Thursday
  • 10:31
JUGEMテーマ:日記・一般

いつもより数十分遅れで家を出た。
今日は飲み会で、少し体力を温存しようとわざと寝坊した。
ただ、いつもと同じ時間に起きる我輩…寝坊するつもりが、目覚ましなしに5時に目をパチリ…。
ああ…休みの日もこんな感じなんだよな…寝坊できない身体になってしまった。

身支度をし、30分ずらしてのバスに乗る。
メンツがいつもと違うというのが面白い。
我輩がいつも乗るバスの乗客顔ぶれはだいたい同じ。
ベンチに座り、謎の足の運動をする爺さん。
両足に障害をもつ青年。
真夏でもきっちりと背広を着るサラリーマン、何気にこの人の恰好をチェックして、着こなしを研究している。
あたりかまわず放屁する目つきが危ない…まあ、それもいるのだが、我輩を観るとどっかへ消えてしまうんだよな…。
昨晩のドラマがどーのこーのと話すおばちゃん3人組。

…もう少し、朝から花のある何かをくれないか。



駅で中央線に乗る。
ぬお?
いつもより混んでいるなあ…。
サラリーマンより、学生が多いんだね。
うはは…あい、ごめんよ、ちょいと奥まで。
おお…女子小学生が5人くらい固まっている中に入ってしまったよ。
お揃いの制服にお揃いのランドセル。
へえ…あの学校、小学校経営に乗り出したんだ。
ああ、ごめんねお嬢ちゃんたち、楽しく会話している中を邪魔して…って、周囲に掴まるところがないな。
あ、高いところのポールを…っと。
動き出した…
ここから次の駅まで、すごく揺れるんだよな…大丈夫かな…



「あの…すみません…」




女子児童の一人が、我輩を見上げておそるおそる訊ねてきた。
小学校3、4年くらいかな?
にしても小さいな、我輩の腰くらいの身長だな。






「つかまってていいですか?」






ああ…そうだね。
危ないから、うんいいよ、我輩のベルトを吊革みたいにつかんd…って…






ぎゅ







抱き着いてきた。






それを合図に、たぶん5人…かな?






ぎゅ
ぎゅ
ぎゅ
ぎゅ









おおおおお…揺れる揺れる…

しっかり掴まっていろ…

JR…ここの揺れは、いつ直すんだろ…





我輩はロリコンではない。
でも「艦隊これくしょん」での、駆逐艦好きが公認された戦艦長門の気持ちが、少しだけわかったような気がする。
いや、我輩の場合は、「北斗の拳」の山のフドウだろうに。




次の駅で全員降りた。
振り返り


「ありがとうございます」×5


とお礼を受けた。
ああ、よかよか、気を付けてな。



あ、長門さん、鼻血吹き出して倒れてる。

これからどんどん出てくるなぁ

  • 2014.05.28 Wednesday
  • 23:17
JUGEMテーマ:ニュース
JUGEMテーマ:ゲーム

【速報】 ゲーム会社アトラスの元親会社インデックスの会長らが逮捕!!

粉飾決算で済む話ではないけどね。
かつて、ここのグループ会社に勤めたことがあり、
逮捕された夫婦会長社長とも、色んなところで仕事をしたが、
あまり良い印象はなかった。

モノを作るという発想が皆無だったからだ。
コンテンツ会社なのに?
確かに一時の潮流に乗り、一気にスターダムへのし上がったかもしれない。
が、仕事をしていて、コンテンツ作りに関する話が一切出てこなかったという気味の悪さが印象に強く残ってた。

そ、カタカナ専門用語をもて遊び、ユーザの視線を一切持たない、我輩がもっとも軽蔑するタイプ。
困ったことに、そういう人間の周囲に、同じような連中が集まり、キャロットタワー全体がヒルズと同じ腐臭がして、嫌な感じがしてた。
まあ、そんな連中でも、金集めと帳簿を嘘で塗り固めることに関してはプロだからな…金の集まるところに対して、業界の人間は一切の非難を許そうとしないからな。

ガラケーコンテンツで上場したが、ありあまる金の使い道が判らず、長期的な戦略を作ることもできず(作るお手伝いをしてたが、前述のような社内状況だったから、次第に馬鹿らしくなった)、詐欺銀行に騙され…スマホにシフトできなかったのが原因とする声もあるが、頂点にあった時に、何をすべきかという発想がなかったのと、ユーザの欲しがるものは何か、そのために技術は開発はどうすべきかという観点が最初からなかったのだ。

というか、社員をまったく信用しないスタンスだった。
あれはどういう考えと経験で、そうなったのか未だに気になっている。
周囲のコバエが、そうとううるさかったのだろうか。

これからこういうのが、どんどん増える。
次はどこなのか、大体想像つくが…。
 

仕事がまた混んできた

  • 2014.05.26 Monday
  • 22:54
JUGEMテーマ:日記・一般

とはいえ、数年前のあの業界と比較するのは、阿弥陀如来の足の裏をくすぐるのと同じくらい非礼極まりない。
実際のところ、締め切りはない。
身体に負担のない範囲で…との配慮であるが、我輩の悪い癖は簡単に治らないようだ。

詳細は流石に書けないが、いくつか混みつつある仕事の中に、WordPressを使うというのがある。
まさかこの年齢で、このツールを勉強し直すとは。
昨年、1日講座で基本的な使い方を学んだが、半年以上のブランクもこの数日間で埋めることができた。

数か月前のイントラネットの再構築、最初からこれを使えばよかった。
このブログも、いっそ全面的にWordPressに移行してみようかな…と思ったが、JUGEMから移すだけでも骨だし、今年秋からある勉強を1年か、もしかしたらそれ以上かけてやるので、そうそうブログ更新なぞできんわな。



平和だ。とにかく平和だ。
あの20年間の日々が嘘のようだ。
このまま静かに余生を過ごせたら、幸せだな。
 

大阪の魂を破壊してしまいました…

  • 2014.05.24 Saturday
  • 21:54
JUGEMテーマ:グルメ

お好み焼きの歴史を調べたら、意外な人物の名前が出てきた。
千利休が室町時代に、茶の席に出すお菓子として、”麩焼き”なるものを発明し、それが元祖だとされている。
我輩も高校生の時に食べた記憶がある。
通っていた学校が幼稚園から大学院まであるところで、文化祭は一斉に行われていた(今もそうなのだろうか?)。
大学のほうまで行き、そこの茶道部で出された。
はじめ、クレープで包んだ餡子のお菓子?…かと思って口に入れたら、なんと山椒入りの味噌!
想定外の味だったので、しばし混乱したが、口の中の山椒の風合いと味噌の甘辛さが抹茶にとても合い、感動した。
そのまま入部しようと(やろうと思えばできた)思ったが、我輩、正座ができないので断念したっけ…。

小麦粉を薄く焼いて、山椒味噌を挟む”麩焼き”が、果たしてお好み焼きの元祖であるのかについて、我輩はどうにも納得できない。
小麦粉の歴史は、意外と日本人の歴史において古くから存在している。
縄文末期から弥生時代にかけて、稲作と同時に小麦等も生産されていた。
その頃から粥や重湯にして食せられ、奈良時代の文献にも写経をする役人への食事として登場する。
やがて遣唐使より、小麦を細かく挽き、菓子や麺にする調理方法が入ってきた。
その中に、”餅(ピン)”の調理方法も当然入っていたに違いない。
その証拠に、大宝律令大膳職の中に、”餅”を素材に作られた「八種唐菓子」等が登場し、”饆饠”なるものが、お好み焼きの元祖ではないかと思われる…米や麦などを粉にして水で練り、薄く焼く、あるいは揚げたものが”饆饠”で、それに色々と包んで食された。

元祖はどのようにでもでっち上げられるものだ…ということだ。
麦を米のように蒸す、茹でるより、粉にしたほうがグルテンが出やすく、新しい料理への可能性を広げたのは確かだ。
挽くという文化がもたらされたことは、大きな進歩であった。
水で溶き、練って焼けば、美味しい食感が得られる。
それに様々な食材…木の実、果実などを混ぜれば、立派なお菓子になる。
お菓子の発展は、その国の文化の発展と比例する。
豊かなお菓子文化がある国は、その分だけ文化的に成熟している…何故なら、お菓子を作れるほどに、食全体において貧困ではないからだ。
野菜や肉を加えれば、ある程度保存がきくことにも気づいた。
饅頭や包子、パイなどが良い例だ。
小麦粉を使った料理そのものについて、格段目新しいものではなかったのだ。
奈良時代から延々と、目立たないところで我々日本人の食卓やおやつに、あがってたものだ。

じゃあ、お好み焼きの元祖は何か?
千利休を元祖にしたてたのは、品格を高めたかったからなのでは?…と、意地悪く想像してしまう。
江戸時代の町医者の大半が僧籍にあったのは、当時、医者の格は低かったからだとか。僧侶は医者と比べて高いので、それで頭を剃ったという。
鎌倉時代から多くの技能職、江戸時代では士農工商で言うところの”工”の間で、熱烈な聖徳太子信仰があった。
聖徳太子は大工の始祖だという信仰が一番有名だが、やはりここにも格をあげたいという切なる願いがあったことだろう。
まあ、個人的には、ネストリウス派キリスト教の影響で、”大工の子イエズス”=”聖徳太子”というのがあって…とも考えたいけどね。

脱線したな…はじまりは、”一銭洋食”だろうと思う。
大正時代、ウスターソースをかければ何でも”洋食”だとされていた。
小麦粉を水で溶き、刻んだネギと共に鉄板の上で焼き、ソースをかけるというもの。
今でも”ネギ焼き”というのがあるが、それに近いものであろう。
そして、その安さと、ソースという新しい味覚から、主に大阪を中心に更にそれを発展させていったのがお好み焼きだ。
はじめはどんな味であっても良い。
日本人の食に対するこだわりは、”道”のそれに等しい。
今ある味を、より美味しくするにはどうしたら良いかという努力と忍耐により、単純だった”一銭洋食”がお好み焼きとして、大阪の魂へと昇華していった。



で、だ。



あまり身体に良いものではないが、年に数回、むしょうにお好み焼きが食べたくなる日がある。
そんな大げさなものではないが、パンケーキを焼く要領で、フライパンで作る程度ではあるが。
専門店に行って食べるというのもあるが、悲しいかな、東京近辺において、美味しいお好み焼き屋を見つけたことがない。
なもんだから、自分で作ることにしている。
こう見えて、けっこう料理は得意だ。
料理後の後片付けもしっかりやる。
だから結婚できんのかな…くそ…。



さて、小麦粉、よーし。
具材、よーし。
あげてん、よーし。
調味料、よーし。




あ…切らしてた。



卵なしで、作れるかな。
うーん…ネットで調べようかな。

ほうほう…卵なしでも作れるのか。
てか、卵なしで作る人って、けっこう多いんだな。
まあ、なくても大丈夫かな?
その代わり、無調整豆乳でも入れるかな。
タンパク質として、生地を整えるかもしれんしな。






























大阪の皆さん、ごめん…
皆さんの魂、壮絶に破壊してしまいました…
謝罪はするが、賠償はしない!
賠償の代わりに、全部食う!




うううううう…胃薬ぃ…




なんで?
卵、やはり必須なんじゃないのか?
豆乳、入れたのが失敗の原因か?
心配なので、油を多く入れたのがダメだったのか?




今日はさっさと寝よう…
うう…
料理に失敗するとは、ひさしぶりだな…。
 

徒然と…

  • 2014.05.22 Thursday
  • 23:19
JUGEMテーマ:日記・一般

横浜に来たのは、半年ぶりだっけか?
前回はインド投資に関する勉強会だったが、今回は会社も参加している展示会。












と、その前に、ここのダールーメンを食べないとな。
横浜中華街「東園」と検索すれば出てくる絶品料理。
本当はこの店、排骨麺や点心類など、台湾料理に関してなかなか美味なるものを出すが、
まかない飯として生まれたこの麺料理を食べにちょっと足を延ばすだけでも、価値があるというものだ。

食後、関帝廟まで参拝。
台湾仕込みの参拝をしたら、係の人から日本人だと思われなかった。

もう少し中華街をブラつきたかったが、雲行きが怪しくなったので、会場まで移動。



ひととくるまのテクノロジー展。
日常業務において直接かかわるということはないが、会社が何を製造しているのか、同業他社にどういうのがあるのかということで、行かせてくれた。

いやあ…東京ゲームショーとかキャラクターショーとと比較しちゃ、後ろ蹴りくらわされるな…。

最近目覚めたドライブという趣味。
自動車産業って、その国の経済力を測る指標だということがよくわかったよ。

基本となるボルトや車体、高度な技術を要するエンジンもそうだが、検査する機器も驚くような技術で進化しているし、10年先を常に見越した技術開発、また環境問題にしても、省エネに留めるだけでなく、どうしても排出される熱などを如何にして循環するのかということを研究する数々の会社…。

出展しているこれらの会社の1社でも潰れたら、日本経済が一気におかしくなる。
それを痛感した。



潰れて日本経済がおかしくなるゲーム会社はないんだよな…
コンテンツ産業は、どう足掻いても、中心にはなれないんだな。




 

兵役というシステムを時代に合わせること

  • 2014.05.21 Wednesday
  • 23:19
JUGEMテーマ:ニュース

意外と思われるかもしれないが、我輩は今度の集団的自衛権について、慎重な立場にいる。
抑止力としてこれ以上優れたものはない。
それについて我輩は認めている。
が、法治の精神からすると、憲法第9条という存在から、矛盾に満ちた内容であることも否定できない。
やはり必要なのは、憲法改正なのだ。
そのために、スパイ防止法と内務省の再編成が前提条件にくる。
支那の侵略行為を目の前にして、当面の抑止力としての集団的自衛権は選択肢として良いが、これが後に法による支配と秩序を揺るがす前例になるのではないかという不安もある。
ミンスのような売国奴どもが(二度とないが仮に)政権にあったが、憲法を一切無視して様々な法律がまかり通るということになる。
あくまでもカンフル剤として進めるべきである。
憲法改正の後に、初めて法的に整合が取れる。時間の問題だ。

ただ集団的自衛権によって、徴兵が復活するという叫びについては、我輩は鼻くそを押し付けている。
ヒステリックに叫んでいる連中な、現代戦争にまったく無知であるからだ。
あるいは毛沢東やスターリンの人海戦術による戦い方が21世紀においても通用すると思っているのだろうか?
思っているのであろう…現実を一切見る能力が欠如しているし、元々、北京から生活費をもらっている連中のことだ。
相手にするのも馬鹿らしい。


徴兵とか兵役でふと思ったことがある。
1970年に発生したよど号ハイジャック事件。
この事件について、色んなノンフィクション書籍が出ており、我輩も図書館などで読んだ。
それらの書籍の中で、ある瞬間、ハイジャック犯全員を逮捕(もしくは射殺)を以て、解決できたのではないかという記述が共通して記されている。
それは韓国の金浦空港に(北朝鮮のピョンヤン空港だと偽って)着陸してた時のこと。

韓国の特殊部隊が、強行突入を試みる計画を立てていた。
その際に、機長らの協力が必要であった。
ハイジャック犯に見つからないように、特殊部隊の隊員の一人が機長に対して、メモである質問をした。それは…



 
拳銃は使えるか?




答えはNO。
このことから、救出作戦は頓挫した。

現在でもそうだが、韓国では兵役があり、健常な成人男性であれば、小火器類の扱い方は熟知している。
日本だと、我輩のようにアメリカでシューティングレンジでパンパン撃ったり、軍事マニアのように実際に触らなくとも知識で知っているごく少数を除外すれば、取扱方なぞ死ぬまで習得する必要なぞない。
だが、そのことから、この事件が1970年において解決できなかったとも考える。



現代戦争は、プログラムコード上の計測された空間を数値的に構成し、その中で効率よく敵を撃破する、技術戦である。
兵士は使い捨てではもはやない。
兵士はそれら最先端の兵器を使用する、優れた技術者である。
軍において、兵士の損失はすなわち、兵器の効率的な使用を減滅させることを意味し、それ故に兵士の生命を第一とした戦い方を重視している。
無論、歩兵が基本であるが、その歩兵に、叫びながら銃剣突撃するという姿を求めるとしたら、嘲笑され冷ややかな目で見下されることだろう。

現代の軍隊において、徴兵制度は無駄であるとされる理由はここにある。



だが我輩は、兵役は完全に無駄であるのかとも思えない。
ただし、各国で見られる徴兵の制度は、21世紀の実情からかけ離れたものであり、
それらは所詮、税金の無駄遣い、そして人材の浪費でしかない。
そもそも、1〜2年間、強制的に一つの枠の中に閉じ込める必要はあるのだろうか。
学生時代の1〜2年間、社会人での1〜2年間は失うにはあまりにも惜しすぎる。
兵役期間も各国事情が違うものであっても、訓練と部隊配備というのがある。
現代戦において、部隊配備されても、専属の自衛隊員としては逆に迷惑だ。

必要なのは訓練なのだ。
それもごくごく、有事において身に着けるべきことを、期間を分割して行うというものだ。

小火器は無駄ではあるが、必要なスキルである。
ケガや病気に際しての応急処置は、有事でなくとも役立つ。
インターネットは十分に普及しているが、手旗信号やモールス信号、無線の応受信についても学ぶ必要がある。
戦争に限らず、大災害で数日間、一切のインフラが破壊され、食料も水もシェルターもない状況でのサバイバル術はありがたい。
ショベルカー等の大型特殊免許も、希望者が取得できるにすれば、平時、職にあぶれることはない。

これらを1週間単位で、義務であるが、都合の良い時に、年齢制限内までに受けるというのが、21世紀の実情にあったものではないのか。そして、女性も参加する義務を有する。



平時において有事を思い、有事に際して平時に備える。
この精神が、新しい兵役の形であるように思える。
 

糸柳和法、星島貴徳、竹井聖寿、片山祐輔、宮崎勤

  • 2014.05.20 Tuesday
  • 23:02
JUGEMテーマ:ニュース

覚えているだろうか、311大震災の時に、ツィッター上で偽の被害状況を呟き、後でそれが虚偽だと判明すると逆ギレしたドワンゴのあるエンジニアのことを。
糸柳和法なる人物がその後どうなったのか、我輩は知らない。
個人サイトも消えているが、退職したという情報があったりする(自主的になのか、論旨等なのかともかく)。
統合失調症で障害者手帳を持っているということが事実であるのかも知らない。
人格的に救いようのないくらいに破たんした人物だという情報も、どこまで本当なのか、今となって知る術もないし、調べるつもりも当然ない。
またツィッターを通して、そしてドワンゴという組織を通して、広くその顔とプロフィールが知れ渡り、ご満悦であったということは聞いているが、これも調べようがない。
そして最後まで反省しなかったというのも、確認できない。



大震災の3年前、マンションで起こった猟奇的殺人を覚えているだろうか。
江東マンション神隠し殺人事件として知られている。
星島貴徳服役囚(無期)が事件発生後に、率先してテレビカメラの前に出てインタビューに答えていたが、その顔は犯罪を犯した自分が隠し通せるという自信と勝利への確信に満ちたものであった。
思い出すだけで反吐が出る。
裁判では殺されたのが1人だということで、死刑にはならないと見くびってたが、群馬女子高生誘拐殺人事件、奈良小1女児殺害事件、三島女子短大生焼殺事件の事例から、極刑も可能だということで、懸命に”反省している”とし、結局無期懲役となったが、”反省”しているのかどうか。
”反省”していることがあるとすれば、テレビの前でべらべら喋らなければ良かった…と思っていることか。



記憶に新しい竹井聖寿…柏市での通り魔殺人犯。
こいつも犯行直後にテレビカメラの前でいけしゃあしゃあと嘘をほざきまくってたが、星島貴徳と同様に、自分は捕まらないという根拠ない自信があったのが映像からよく分かる。
というか、両人とも、虚言を虚言として意識していない。
糸柳和法にしても、虚言を放ったことで攻撃されることに逆切れし、拡散されたことへの論理なき怒りをぶちまけ、窮地に陥った。その言動に、やはり同様、虚言を虚言として意識していないのが見える。
逆に犯罪を犯し、自らテレビに映ることで、英雄になったと勘違いしているようにも感じられる。



そして、今回の片山祐輔による犯罪
人死には出ていないが、少なくとも4人の無辜なる人の人生を狂わせた。
せっかく入った大学を退学させられたというのも、許しがたい。
そしてそれらの人々の人生が狂ったことに、狂喜した。
警察のITに関する捜査手腕が劣っていることと過小評価してたから、河川敷で逆転負けしたのには笑った。
が、拘置所に再びぶち込まれる片山祐輔の顔は、前三者と同じ、喜びの表情を浮かべている。



様々な精神病や人格障害などがネットを通して知られるようになった。
少なくとも、サイコパスではない。
共通してこれら四名に見られるのは、自分がどのような立場にあるのか、客観的に理解する能力を全く持っていないということだ。



ふと、もう一人の殺人犯を思い出した。
東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件で、二〇〇八年に死刑となった宮崎勤。
処刑台に立たされた際に述べた最期の言葉は、



「あのビデオまだ途中なのに・・」



死ぬという自分の状況を、その瞬間に至るまで理解できていなかった。
他にも自分がまるで夢の中で殺人を犯したなどの生前の供述が多数残されている。



客観的に自分を観ることができないのは、子供の言動を観察すれば分かる。
ある程度の社会性を身に着けることで、生きる知恵として大人へとなるが、
この四人の犯罪者に共通しているのは、ガキでしかないということなのか。
精神病で括ってはダメだ。
発達障害と結論づけてもダメだ。



極刑を請う。

「ドニー・ダーコ」ではなく…

  • 2014.05.18 Sunday
  • 21:48
JUGEMテーマ:漫画/アニメ

あまり我輩はアニメの話をしない。
好きな、あるいは気になる作品ならいくつかあるが、日記にわざわざ書くまで熱心ではない。
かの業界にいた時も、我輩の日記を読み返せばわかるかもしれないが、意外なほどに取り上げている点数が少ない。

そこまでオタではない…ということなのか。
だって、検索をかければ、ものすごい情報量を詰め込んだアニメとかの評論(?)サイトが多数存在している。
ウンチクについても、彼らに任せたほうが良いというものだ。

一時期、「エヴァンゲリオン」とか「まどマギ」とかが世間を騒がせていたけど、
ますますもって我輩はこれらの作品について、何か感想を書こうと思ったりすることができなかった。
海外からの友人と劇場版「エヴァ」(10年前の事だけど)まで連れてって、騒がしく

 "WHAT'S THE F__K???"

と連呼するのを、懸命に抑えたということをチラっと書いただけだったか。

「エヴァ」に関しては、世紀末前後という状況を巧く利用し、
収束できなくなったストーリーを、無理やり終わらせただけの作品で、心底白けてしまった記憶しか残っていない。
ああ、それと、スマホは単に”限定版”という言葉に弱いだけという…どうしよ…そろそろヤフオクに出すか?

あと、「まどマギ」についても進行形で観たというわけではなく、友人知人からDVDとか借りて観て…あれ?
どっかで観た話だな…と考えてたら、映画「ドニー・ダーコ」かぁ…とツィッターでつぶやいたら

 「今更知ったの?」

と冷たい視線を浴びせられたっけ。w



でもね…なんか足りないんだよ。
「ドニー・ダーコ」がヒントとなったとしても、何か決定的に、「まどマギ」について、説明に至るには足りないものが、あちらこちらにあった。
それをいちいち列挙してたら、キリがない。
もう答えを出してしまおう。



こないだの仙台出張の際、少し時間があったので、駅前のある本屋を覗いた。

この漫画家、以前、インド旅行に関する大変面白い漫画を出していて、それ以来ファンであったが、偶然にもその漫画家による単行本を見つけ、何も考えずに買った。









 












 
あああああああ?!

「まどマギ」これで

全部説明できる!




いや、原作者がこの漫画を読んでいたという確証は全くない。
読んでいないということに、賭けた方が安全牌だ。
ただ、あのアニメを観てて、どうにも腑に落ちないところが多数散見し、ずっとのど元に引っかかっていたのが、この漫画を読み終えて、全部胃の方へ流れ去り、全部消化された。

1994年に連載された作品だ。
「ドニー・ダーコ」は2001年。
まどマギは2011年。

兎よりもっと古いというワケか。



まどマギ叛逆の物語のラストってつまりは



うん、なんてことはない。
とーーーっても馬鹿らしいものだった。



にしても、「ストーカーを表した漫画」と見方も、なかなか面白いな。
時間は人間にとって、ストーカーのようなものかもしれない。
逃れることはできないし、最後は時間によって殺されるようなものだから。
 

生きるという覚悟

  • 2014.05.17 Saturday
  • 22:49









考えてみたら、”雪風”で夜のドライブをするのは、初めてだったかもしれない。
気分転換に付近を一周し、少し買い物をしたら、こんな時間になってた。
数年前から若干視力が落ちた所為か、夜間に運転することを避けていたが、軽自動車から小型車に乗り換えたことで、全体的に運転しやすくなった。
少し、時間を作って、こういう楽しみを持つのも、悪くはない。



それにしても、とうとう45歳になった。
年齢食ったな。
というか、よく死なずに済んだものだ。
心はまだ若いつもりで、今でも時折アキバでアヒャヒャしたりするが、やはり日々、年齢を感じてしまう。
心臓も時折発作を起こす。
死を日々感じることは相変わらずだ。

それでも、かつてのような生き方をしなくなった分だけ、かすかな光を感じるようになった。

毎朝同じ時間に起き、身支度を済ませ朝食を摂り、
決まったバスと電車に乗り、会社でいつものようにデスクへつき、
仕事を日々こなし、ランチを摂り、また仕事を続け、定時に帰る。
明日の支度をし、風呂に入り、夕食を作って食べ、「艦これ」をプレイし、
日記を書き、ビジネス法務の勉強をし、座禅をして、ベッドに入る。

休日は平日と変わらない時間に起き、洗濯機を回し、朝食を摂る。
車を出し、スポーツジムで汗を流し、買い物をし、少し余裕があればドライブを楽しむ。



平凡?
退屈?
いや…この年齢になって、やっとわかったよ。



平凡な生活は、本当に偉大なものだということ。
退屈な日々こと、なんと人間らしいことであるかということ。



何とはなしに思うことがあって、こないだ御伊勢参りを果たした。
ふと思ったことは、”人生の折り返し地点に来たことへの感謝”としての参拝だった。
我ながらおかしな話だと思った。
いつ死んでもおかしくない心臓病を患って、まだ半世紀弱生きろって、ありえない話だ。
だが、無事に参拝し、せりなさんはじめ、善き出会いがあった。





もう少し、長く生きてみようと思わないか。
この平凡で退屈な生活は、大いなる恵みだということを、そろそろ受け入れてはどうか。






なんとなく、そんな感じがする。
人は誰でも必ず死ぬ。
我輩は既に何度か死んだ。
死ぬこととはどういうことか分かったので、それゆえ、いつ死んでも良いようになっている。



だが、生き続ける覚悟は、意外や意外、まだできていなかった。

それに気づかせてくれるとは、なんとも面白い誕生日プレゼントだ。
 

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