三軒茶屋は実に不思議な場所である。
高級住宅街に近いということから、駅周辺には有閑マダムたちがたむろするおしゃれな店があると思えば、ドンキホーテや質屋流れ品を取扱う怪しげな場末の店、「ポプリが美しく咲いています」という手描きのポップが栄えるデザイン花屋があると思えば、昭和三〇年で時間が停止している食堂もある。
一番の謎は、食事関係だ。
そのまま駅前のホテルに連れ込むために存在しているかのような、甘いワインをバンバカ出す中途半端なバルがあったりする一方、吉祥寺いせ屋をほうふつする様なバッチー焼き鳥屋があったり、我輩が個人的に気に入っているチュニジアのタジン鍋料理の店がある一方、真向いにはカウンターで三人しか座れないが、下手すれば源頼朝が鎌倉に幕府を建てた時から受け継いだタレを使った鰻のかば焼き屋があったりと、まあ、歩けば歩くほど、探れば探るほど、迷えば迷うほど、謎が深まる。
でもまあ、理由はなんとなくわかる。
勘違いしているおしゃれな店は、渋谷から流れてきたものであろう。
時空軸がループバグを起こしてる店は、この町に昔から住んでいる人たちの贔屓なのだ。
だから、どっちも巧い具合に、調和を取って営業を続けている。
でもね…
今日は何というか、どっちに軸足を置いているのか、さっぱりわからない店と邂逅してねえ…。
我輩は仕事中において、昼食は極力一人で摂ることにしている。
以前日記にも書いたが、そうでもしないと気が狂いそうになるのだ。
世間は「ぼっち」を悪逆非道の行為だと非難しているが、
我輩から言わせてもらうと、一人で食事もできない人間はカスでしかない、と。
食事の積み重ねは、死への準備の積み重ねであるのだ。
もしかして、一人で死ぬのが怖いのか?
一人で食事もできない人間は、死ぬ時、ベソベソ泣きながら地獄に堕ちることだろうよ。
そこまで大げさではないとしても、一日において、とりわけ仕事中において、
一人で過ごす時間と空間を作らないといけないのだ。
でないと、流されるだけで主体性を取り戻すことができないからだ。
理解してもらおうとは、これぽっちも思わないけどね。
えっと、どこまで行ったっけ。
ああ、そうそう、いつも通りに一人で昼食に出かけたのだが、
いつもの店で済まそうという気分にはなれなかった。
カレー屋に入ろうとしたが、会社の同僚が数名先客に。
すまぬな。
徹底して一人でいたいのだ。
しばらくうろうろしていると、閑静な住宅街に入って行った。
三軒茶屋二丁目という界隈だ。
なるほど、成金とかそんなのではなく、何とも落ち着いた趣のある家々が続く。
空腹を忘れ、少し散歩していると、
なんとも不思議な居酒屋がランチをやっているとのこと。
しかも500円。
さくら水産のない三軒茶屋で、このワンコインはありがたい。
でもねえ…なんかヘンな店なんだ。
見た目は、おしゃれな黒を基調としたデザイン。
でも…なんか…よーーーーーーーーく見ると、
微妙にヒビが
極真空手入会案内のポスター
飾りのための本格焼酎の空き瓶のオブジェが煤だらけ
なんだ、このやる気のなさ。
まあ、入ってみるか。
ガラララ
「いらっしゃーい!」
おお、我輩と似たような体格の主人が。
その隣に、我輩と似たような体格の奥さんが。
…痩せなければいけないとは思うんだけどね。
えー…バックを見ると…
キープしているジンロがずらーーーーーーーーーーーーーーーり
だめだこりゃ、期待できん。
でも、500円で昼食というので、妥協せんと。
ごはん大盛りはサービスだというし、
卵納豆も付く。
えっと…サバ焼き定食を。
「へい!サバ焼き!」
返事は元気があってよろしいが、客が我輩一人しかいないというのもどうかと。
おしゃれな店を目指したつもりなんだろうが、
ブラウン管テレビが
なにがでるかな♪ なにがでるかな♪
を大音量に。
ジンロメインであるという段階で、場末決定なのだけど、
「ごきげんよう」のジングルが更に、このアンバランスな環境に
混乱をもたらしているような気がする。
チン♪
…チン?
なんだ、今の音。
電子レンジの音、だよね?
「へい!おまたせしました!」
わー…
サバは電子レンジで、温めたんだね、焼くのではなく、「サバ焼き定食」じゃなく、
「サバ蒸し定食」なんですね!
…電子レンジでも焼けられる皿とかあるんだけど、
それも使ってないのか。
納豆は、
パックのまま、こんにちは!
しかも
パックの納豆の上にネギ!
…いやあ…エコというのでしょうか。
てっきり、小鉢の中に納豆とうずらの生卵が割られて出てくるとばかり思ってたけど、
ここまで来ると、逆に清々しいものを感じる。
で、何よりも、ごはん「大盛り」なんだけどね。
どう見ても、三合あると思うだ、これが。
そっか…店の主人と奥さんは、この量で今の姿形になったのか。
我輩もかつて、そうだったな。
うん、そうだった…。
でもね、味は悪くないんだ。
空腹だったから、納豆と生卵とサバの三連星(納豆卵はあまり好きじゃないので別々に)で
ほいほいと入っていったし、これで五〇〇円というのは、正直な話、非常にありがたい。
客がなかなか来ないのは、場所が悪いせいなんだろうな。
でも、長らくある店のようだから、そこそこやっている感じなのだろう。
並ぶキープされているジンロの数を見れば、常連はかなりいると見える。
そういえば、かつて日立製作所にいた時、
近くの安居酒屋に無理やり連れてかれた時があったが、
そんな感じの店なのだろう。
三軒茶屋には多数の会社があるが、
全部が全部、キャロットタワーに入っているわけではない。
また我輩のように、キャロットタワー内の会社に勤めているように、
中身のないおしゃれな店を毛嫌いする人間もいる。
何にせよ、ありがたい店を見つけた。
給料日前、連日通わせてもらうよ。