ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

うっかりしてた!

2011.01.04 Tuesday 15:59
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    旧軍や古今東西の軍歌などを研究されている
    小川寛大先生の年賀状で、

    「今年はアメリカ南北戦争開戦150周年の年です」

    とあった。
    なんということか!うっかりしてた!
    沖縄に行くとか、そんな話どころではない!
    アイルランドのRebel Songを研究する身として、こんな大事な年を忘れてしまうとは、恥以外の何者でもない!

    アメリカ南北戦争。
    正式には「American Civil War」。
    経済に関しての考え方が違うということと、当時の連邦憲法に関する解釈の違いというだけで(奴隷解放は当初、大きな要因ではなかった)、同一国の中で凄惨な戦いが繰り広げられていた。
    リンカーンの「ゲティスバーグ演説」ばかりが有名であるが、我輩として、同大統領の二期就任における演説あげられた聖句、


    "The judgments of the Lord are true and righteous altogether."
       
    「されど神の裁きは正しく絶対なり」


    に込められた、アメリカが生まれ変わるための血による「過ぎ越し」と「洗礼」への絶望的な祈りにこそ、この戦争の意義があったと考えている。



    さて、南北戦争は遠い昔の話ではない。
    偶然にも幕末明治維新と同じ時代だ。
    アメリカ独立から100年経っていない時期に勃発したこの戦争には、いろんな「アメリカ人」が存在していた。
    ライフワークとしているアイルランド移民も多く、その数の多さから、南軍北軍双方にアイルランド移民からなる強大な師団が多く存在し、とりわけ北軍の「69th New York Infantry」の勇猛さは知れ渡っていた。そしてその師団には、アイルランドにおける19世紀で最も有名な独立闘争「1848の闘争(反乱)」の参加者が存在していた。最も有名な中隊長のThomas Francis Meagher大尉もこの反乱に参加していたが敗れ、オーストラリアに送還されたが逃亡し、師団に参加した。戦いに慣れた戦士で構成されていたのだ。

    そして南軍にも多くのアイルランド人が参加していた。
    特定の師団が組織されたということはなく、そもそも祖国を追われ、新天地を求めて南部を開拓していったアイリッシュ系が多かったことから、連邦政府の中央集権的な考え方がかつての大英帝国のそれと被るところがあり、自然と南軍全体に「アイルランド的」な文化が根付いていった。
    よく聞かれるウェスタン音楽に使われるフィドルなども、典型的なアイルランド音楽の派生であり、食文化、言語における方言、強い独立志向が南軍の特徴であった。

    一時期「奴隷制に賛成しているから南軍は悪」という考えがあったが、奴隷を有するのは裕福なプランテーション経営者などが中心であり、一般的な市民において、奴隷制について墨守しているというところはなかった。
    前述したように、南北戦争は「奴隷解放」が名目で開始されたものではなかった。実際、米国の連邦憲法では、州における独立が認められていた。北部と南部の経済の考え方は正反対:北部は工業化による国内産業の充実と労働力の流動化(この流れで、奴隷のように「固定」された労働力は好ましくなく、誰もが使える労働力が必要だったのだ。奴隷制そのものについて明確に反対はしていなかった)、南部は綿花プランテーションによる海外との貿易に重点を置いた農本主義を主張していた。一定以上の品質と量の綿を算出するのに、熟練の労働力としての「奴隷」が必要あり、労働力の流出は許しがたいものであった)。

    政治の中心は、北部にあった。
    憲法で保障されている「独立」の権利を行使しただけだった。
    しかし、リンカーン大統領はそれを許さなかった。
    歴史から見れば、リンカーン大統領は偉大な指導者だったかもしれないが、別の観点から見れば、法律を犯した政治家ということになる。
    ものすごい皮肉だ。

    バージニア州フレデリックバーグで、1862年12月、「69th New York Infantry」と、アイリッシュ系が数多く存在した「北部バージニア州軍」が激突。
    映画「Gods and Generals」でその様子が上手に再現されている。






    ああ、そうなんだ…
    今年で150周年なんだ…。
    多くのイベントが開催されるだろうな。
    多くの学術会が開かれるんだろうな。
    多くの音楽が演奏されるんだろうな。



    南軍の第二国歌とされている「Dixie Land」の作詞作曲をした
    Dan Emmetはアイリッシュ系だった。


    「The Bonnie Blue Flag」の原曲は「The Irish Jaunting Car」からであり、詞を付けた Harry McCarthy は、アルスターから南軍まで慰問に来てた音楽家だった。


    「南軍=アイルランド」と深く感じさせるこの歌も、有名すぎる。
    この音楽のフレーズも、18世紀にアイルランドで生まれたもので、前述の反乱と共にアメリカに渡り、新しい詞が付けられたのであろう。



    まだたくさんの歌がある…。
    つながっているだ。
    大西洋を越えて、アイルランドとアメリカは、つながっているのだ。

    帰るべきだろうか。
    一度。
    やはり。
    生の音楽に触れたい。
    南部がどういう所なのか、知っておきたい。
    アイルランド | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

    コメント

    アメリカの奴隷制度はいつ消えたと考えれば良いのだろうか?

    南北戦争の終了時か。第二次大戦の終焉時か。
    ベトナム戦争の中止日か。何期かの中東戦争の中か。
    オバマ大統領着任時か。あるいは、未だに消えてはいないのか。
    | ハリー・FOX | 2011/01/04 8:08 PM |
    ハリーどん

    奴隷制度は、形を変えて残っているよ。
    実際、アメリカは日本と違って、
    5%のリッチと、95%の奴隷労働者階級から
    成り立っているんよ、本当。
    肌の色で奴隷かどうかではなく、
    金の亡者か否かで奴隷か否かが決まっている。

    支那はもっと深刻だけどねえ…。
    | Andy山本 | 2011/01/11 12:07 AM |

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