ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

Take Me Home To Mayo

2010.10.10 Sunday 23:35
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    寝ぼけ眼でネットをあさっていたら、ちょっと面白いニュースがあったので紹介…。

    出身地をバカにした被告に「その地にある山に登れ」という判決

    裁判で有罪となれば、さまざまな罰則を科されますが、その内容が山に登れというのは、さすがめったにないことだと思われます。

    アイルランドで別の地域出身の警官を侮辱した男が、その地域にある山に登るよう判事から命じられたそうです。

    ひどい罵倒をしたという理由で訴えられたのは、アイルランドのラスマランに住むジョセフ・マッケルウィーを含む3名。

    パブの外で警官2人を罵り、アイルランド北西部にあるメイヨー出身の警官をバカにして「メイヨーへ帰れ」と言い放ったようです。

    被告は反省しているものの、判事はメイヨーにある山に登るよう命じました。その山はクロー・パトリックと言い、標高764メートルでウェストポート駅から8kmのところにあるメイヨーで3番目に高い山だそうです。

    判事は被告にクロー・パトリックに登ったことがあるかを尋ね、その山に登れば、その地域の人々の見方も変化するかもしれないとして、その山に登った後に、もう一度戻ってきて感想を述べるよう命じたのです。

    マッケルウィーの弁護人によると、原因は飲酒にあり、本人は反省して警官に謝罪を済ませ、その山に登ることを約束しているとのことです。

    来月にも出頭予定で、それまでに山に登ったことを証明するため、判事が用意した質問に答えなければならないそうです。

    標高でいうと特別高すぎるわけでも、低すぎるわけでもなく、反省を促すにはちょうどいい気がするユニークで変わった判決ですよね。

    果たして登山後の彼に、心境の変化は生まれるのでしょうか。


    (らばQより転載)


    クローパトリック山について、別の機会があれば詳細を書きたい。
    8月1日に行われるロホナサ祭で、アイルランド人が裸足で登山することで有名な山であるが、我輩が今回、それ以上に興味を持ったのが、

    「メイヨーへ帰れ(go back to Mayo)」

    という台詞。



    Mayo…ねえ。
    アイルランドの独立革命歌(Rebel Song)を長く研究している我輩として、
    どうしても思い出さざるを得ない歌がある。
    決して古い革命歌ではなく、歌われてからまだ半世紀も経っていないのではなかろうか。
    幸い、youtubeにいくつかアップされている。
    インターネット時代は本当に助かる。



    TAKE ME HOME TO MAYO (BALLAD OF MICHAEL GAUGHAN)
    メイヨーへ連れ帰らせてくれ (マイケル・ガーガンのバラード)

    (合唱)
    Take me home to Mayo, across the Irish Sea;
    Home to dear old Mayo, where once I roamed so free.
    Take me home to Mayo, there let my body lie;
    Home at last in Mayo, beneath an Irish sky.

    メイヨーへ連れ帰らせてくれ、アイリッシュ海を越えて、
    愛すべき故郷のメイヨーへ、かつて自由に駆け巡った土地へ。
    メイヨーへ連れ帰らせてくれ、そこで私の亡骸を葬ってくれ、
    故郷で永久に寝させてくれ、アイルランドの空の下で。

    1.
    My name is Michael Gaughan, from Ballina I came;
    I saw my people suffering and swore to break their chain ;
    I raised the flag in England, prepared to fight or die ;
    Far away from Mayo, beneath an Irish sky.

    私の名前はマイケル・ガーガン、メイヨーのバリーナ村からやってきた
    国民が苦しみ嘆き、束縛の鎖を破る誓いを立てていた。
    英国に反抗の旗を掲げ、私は戦い死ぬことを
    メイヨーから、アイルランドの空の下から遠く離れて誓ったのだ。

    (合唱)

    2.
    My body cold and hungry, in Parkhurst Gaol I lie;
    For loving of my country, on hunger strike I die --
    I have just one last longing, I pray you’ll not deny;
    Bury me in Mayo, beneath an Irish sky.

    パーカスト刑務所に横たわり、私は寒さと飢えで死んだのだ。
    愛する故国のために、ハンガーストで私は逝ったのだ。
    私の最期の望みを、どうかあなたは拒絶しないで欲しい
    私の亡骸をメイヨーに、アイルランドの空の下に埋めて欲しい。

    (合唱)



    曲は我輩が調べた範囲で、17世紀からのアイルランドの民謡。
    アイルランド移民と共に、この曲はアメリカに渡り、南北戦争時代にいろんなバリエーションで使われていた。
    詩の出所は不明。SEAMUS ROBINSONなる、アイルランド独立革命家が作ったとも言われいるが、ROBINSONが死んだのは1961年。
    この歌で歌われている Michael Gaughan が死んだのは1974年で、整合性がない。恐らく、Rebel Songの典型例として、パブなどで歌詞が継ぎ足しされて完成されたのであろう。
    あるいは昨年亡くなったベルファーストの音楽家 Seamus Robinsonのことかもしれない。それならい整合性がある。
    ええい…同じ名前の人が、ちらほらしてくるから、この種の調査って面倒くさい。
    和訳は、相変わらずの我輩の拙訳ですまない。

    Michael Gaughanは1950年、アイルランドのメイヨーで生まれ、大学卒業後、英国まで職探しに行ったが、IRAに参加。銀行襲撃などで逮捕された後、パーカスト刑務所に収監、そこでベルファーストで独立闘争をしていた同志と集合し、以下の5つの刑務所での政治的要求を求め、ハンガーストライキに入った:

    政治思想と立場の自由。
    自分自身の服を着ることの自由。
    独居房での監禁を行わないことの保障。
    懲役ではなく、教育を受けることの権利。
    英国ではなく、アイルランドの刑務所への移送。

    ハンガーストライキは、刑務所におけるIRAの政治闘争の手段となった。
    一年間に500人前後がハンストにより死亡した。
    Gaughan自身は、政治資金のために、銀行強盗を行ったというきちんとした理由があり、我輩自身はあまり興味を抱いていない人物であるが、前述のベルファーストで理由なく捕縛された人たちについては、深い同情を抱いている。そして、彼らの多くが、これらのあまりにも当たり前な権利を要求し、飢えと渇きの地獄に身を置き、国の将来を夢見て昇天していった。
    立場が違う。
    だが、Gaughanが有名になったのは、彼の最期に発した一言に因るものだった。複数の証言者がいるから、信じるに足るか判らない。プロパガンダとして作られたものかもしれない。だが、我輩は素直に信じたいと思う。

    「Bury me in Mayo」

    と。
    尤も、別の遺言があるが、そっちは割愛してもいいかな。
    調べれば直ぐに出てくるし。

    で、Gaughanの死の後、英国政府は5つの要求を受理すると発表したが、直ぐに覆されて、泥沼に…。



    にしても、「メイヨーに帰れ」って、泥酔状態ながら言ったというのは、相当この歌が、現地で有名なのか。あるいは、政治的な何かがあったのか(今でもアイルランド国内でも、わだかまりが残っている)。
    でもまあ、いい歌じゃないか。
    今宵も一人、我輩がこの世で最も愛しているウィスキー「ジェムスン12年」と共に、聴き、歌うとするか。
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